優しさと不条理と切実が相まった短編集〜大白小蟹『うみべのストーブ』
生きる中で味わう優しさと不条理、そして切実が相まった短編集である。
本書は著者の初単行本で、リイド社の「トーチweb」にて掲載された5つの短編と、著者のTwitterと同人誌で発表された2つの短編、計7本が収録されている。帯に書かれた推薦文は、俵万智氏によるもの。「どんなご縁が?」と不思議に思いつつ読み進めると、答えは各話の終わりにあった。作品に添えられた著者の三十一文字が、読み終えた者の心にゆきわたる。
さて表題作はやわらかな朱色と黒の2色刷りで、とある恋の光と温度を静かに伝える。「一生、この人の側にいたい」と願った青年・スミオは、恋人のえっちゃんと同棲を始めた。だが1年後、彼女の誕生日にスミオが用意したケーキは、えっちゃんの涙と秘めていた言葉を引き出してしまう。そんな彼らのやり取りを見守っていたのは、スミオの傍らで彼を温め続けてきた一台のストーブで──。
泣きながら想いをぶつけるえっちゃんの選択も、言葉足らずだったスミオの後悔も、どちらも十分に理解できる。だからこそ、恋のすれ違いは苦しい。モノローグの主に気づかされた時、物語のバトンは次へと渡る。人間味あふれるストーブのユーモアがたまらない。
ところで収録作はいずれも粒ぞろいだが、特に作り手の方に読んでほしい1本を選ぶとすれば、それは「海の底から」。
社会人4年目の桃は、新しい上司にストレスを溜めつつも、優しい恋人と順調に暮らしている。年末、久しぶりに会った大学時代の友人たちが、歌集を出版したり文学賞にノミネートされたりと、それぞれに活躍していることを知る。二人と比べ、日常に満足することで創作意欲をなくした自覚のある桃は、「悔しい 書かなくても幸せで居られるのが」と下を向く。
帰宅後、桃の迷いを聞いた恋人は、彼女の気持ちを否定することなく現状を分析する。その視点は桃にとって、自分では見えない別の風景を提示するものだった。だが、それでもまだ「友人たちのようにはなれなかった」とこぼす桃に、彼は言葉を続ける。「でもさあ 切実さなんかなくてもさあ 書きたいって思えることも才能のひとつなんじゃない?」
まさにそれ!と膝を打った。息をするように書きたいと思い、実際に書き続ける人がいる一方で、まったくそう思わない人もいる。おそらく後者に分類される私は、彼の言葉に深く頷いた。
ちなみに本書、電子書籍でも販売されているが、もし可能であれば紙の本を手に取ってみてほしい。カバーの質感が心地よく、しっくりと手になじむ。表紙に使われたフォント使いも絶妙なバランスで、見ていて飽きない。装丁家を確認したところ、奥付に名久井直子氏のお名前があり、とても納得した。
発売後、すぐに重版が決まった。その出来分は年内に、書店の店頭へ届くはず。年末年始のおともに、近くのお店で見かけたらぜひ。
(田中香織)
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