地上を変容させる少女禍
谷口裕貴は、2001年に『ドッグファイト』で第二回日本SF新人賞を受賞。デビュー第一作として雑誌掲載されたのが、本書の第一部をなす「獣のヴィーナス」である。爆発的に異形化する世界の強烈な描写、盛りこまれたアイデアの数々、説明を切りつめたスピード感、章ごとに視点と時間が移動する凝った構成。まったくの未知の新人ながら、その実力を読者の印象に刻みつけるに充分な傑作だった。そこで示された世界観と凝縮の語りは、続篇「魔女のピエタ」でも遺憾なく発揮される。この二作はいままで書籍収録されることなく埋もれていたが、このたび、シリーズ新作二篇を書き下ろしで追加し、こうして一冊にまとまった。
アナベルは、地上に災禍をもたらす十二歳の少女の名前だ。超能力開発プロジェクトによって創りだされ、誕生からまもなく、その圧倒的な能力――あらゆるものを瞬時に変容させる――を畏れた研究者たちによって抹殺される。アナベルを葬るのは三十五人がかりだったが、返り討ちにあって、生き残ったのはわずか五人だ。
しかし、アナベルはいくたびも戻ってくる。呪詛のように、ふいに襲ってくるのだ。
アノマリー。アナベルが出現する異常事態をそう呼ぶ。世界のどこに、いつ、あらわれるかはわからない。しかし、その場所は壊滅し、多くの人間が死ぬ。アナベルを止めるには殺すしかないが、そのためには大規模な作戦、そして犠牲を払う覚悟が必要だ。
そして、その異常事態に立ちむかうのが、ジェイコブスという機関である。彼らのアナベル対策は、しだいに常軌を逸していく。六人の超能力者を複合人格として束ねたチームを発足させ、超能力者を産みつづける”百の子宮をもつ女”を人為的に作りあげ、時間や場所を超えてランダムに他人の意識に侵入する能力者を強制的に使役する。そこにあるのは非人道的な狂気の光景だ。
アナベルという呪詛とジェイコブスという狂気。
本書に収録された四つのエピソードはそれぞれ独立したものだが、幾人もの登場人物の運命が呪詛と狂気に翻弄されながら、もつれるようにつながっていく。最終的に行きつくのは、アナベルの故郷であるニューヨーク州オルバニーだ。
巻末には、伴名練さんによる資料性の高い解説を収める。
(牧眞司)
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