言葉を信じてもらえない二人の女性の物語〜櫻木みわ『カサンドラのティータイム』
「カサンドラ症候群」という言葉をもし知らない人がいたら、まずは検索してみていただきたい。この小説の主人公は、つかみかけていた夢や希望を諦めざるを得ない状況に追い込まれた二人の女性だ。ギリシア神話に登場するカサンドラのように、自分の言葉を信じてもらえない、という体験をしている。彼女たちに起こった出来事と、自由を奪われていく心が細やかに描かれていく。
四国の離島出身の友梨奈は美容師として働いてたが、有名スタイリストの菱田さんに憧れ、何度も手紙を書いてアシスタントとして採用され東京で働いていた。仕事はキツく給料は安いが、菱田さんは友梨奈のセンスと努力に期待をしてくれ、「意地のわるいところがひとつもない」ところを評価してくれた。ところが、希望溢れる充実した生活は、若手の人気学者と仕事で出会ったことをきっかけに突然終了する。その男が巧みに重ねた嘘によって、友梨奈は積み上げてきた周囲からの信頼を失ってしまったのだ。
元保育士の未知は、夫の故郷である滋賀県に移住してきた。働きながら二年間不妊治療をしていたのだが、いったんやめることにし、小説家を目指す夫のサポートをしながら生肉工場でパートをしている。仕事と家事の合間に、治療のことや結婚までの出来事などを描いたマンガをTwitterに投稿したところ評判がよく、思いがけず大きなチャンスがやってくる。喜んですぐに伝えたが、読んだ夫はその内容に激怒する。罵倒され、車から下ろされて置き去りにされる。夫は一度怒ると話を聞いてくれず、未知を行動や言葉で追い詰める。彼女はずっとそれを我慢してきたのだ。
友梨奈は、周囲の空気を感じ取る力と思慮深さがあるゆえに、社会的地位の高い相手から攻撃を受けて、闘わずに夢をあきらめてしまった。人なつっこく天真爛漫な未知は、夫の行動に対して違和感を感じてはいたが、彼の人当たり良い部分のみを知る友人たちに辛さをわかってはもらえず、愛する夫を怒らせた自分が悪いのだと考えるようになっていた。二人はあるきっかけで知り合い、性格も生き方も違う相手の言葉から、自分の抱えてきた問題を見つめ直していく。
カサンドラたちのお茶会に、参加しているような気持ちで読んだ。彼女たちを追い詰めた人間に強い憤りを覚えたり、それぞれの思いに共感し応援したくなったり、進もうとしている道が心配で止めたくなったり、自分の経験を話したくなったり……、まるで友人と話しているようだ。「自分をいちばんに、大事にできる?」ある人物が未知にそう問いかける。その言葉を、苦しみの中で格闘している人たちに読んでほしいと思った。
(高頭佐和子)
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