使役される死者、目的地のない船旅
カシュニッツはドイツの作家。第二次大戦後に本格的な作家活動をはじめ、70年代半ばまで作品を発表した。本書は、彼女が遺した短篇のなかから、十五篇をよりすぐった日本オリジナル短篇集。
表題作は、末期の病人に特殊な処置を施すことによって、死後に単調な労働(普通の人間がやりたがらない)の担い手となる。死者に生前の記憶はなく、外見も変わってしまう。物語中では「灰色の者たち」と表現されている。
「幽霊」は、ロンドンを訪問中の夫婦が、偶然に若い兄妹と知りあい、彼らの自宅へと招かれる。気がかりなことがひとつ。この兄妹はたしかに見覚えがある、だがどこで会ったのかはまったく思いだせないのだ。
この二作のように現実離れした出来事が起こる作品もあれば、はっきりとした怪異はなく、妄想や異常心理と解釈できる作品もある。しかし、その境は判然としない。いわゆる「奇妙な味」だが、じわじわ不安が広がる感じが独特だ。
「船の話」は、中年女性ヴィオーラが船を乗り間違え、停泊地がないまま彷徨うはめになる(しかし船の乗員はそれが当然という素振りだ)。その過程が、兄ドン・ミゲルに宛てた手紙で伝えられる。しかし、手紙がどのように届いたかがわからない。
「いいですよ、わたしの天使」は、無害そうな隣人に日常が侵蝕されていく。わかっているのに食いとめられない。ヒュー・ウォルポール「銀の仮面」に匹敵する厭な話。
(牧眞司)
- ガジェット通信編集部への情報提供はこちら
- 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。