日本短篇SFの精華十篇

日本短篇SFの精華十篇

 竹書房版の年刊SF傑作選の三冊目。2021年に発表された日本SF短篇のなかから傑作を選りすぐっている。

 トップバッターは酉島伝法「もふとん」。だれもかれもが寝不足の社会にあって、失われた寝具「膚団(ふとん)」が発見される。これが、もふもふした生物なのだ。これによってひとびとの睡眠生活が激変する。主人公はブラック企業に勤めるサラリーマンで、その社畜ぶりも含めてユーモア・タッチで物語ははじまるのだが、膚団の謎めいた生態がわかっていくにつれて、不穏な空気がまじっていく。気持ち良くて怖い一篇。

 つづく吉羽善「或ルチュパカブラ」も、不思議生物SF。語り手の子ども時代の想い出話のかたちで、酒屋の前に吊してある杉玉からあらわれた、異様な生き物の挙動が語られる。変な生物がいると大騒ぎになるのだが、少年にとってはじわっと懐かしい記憶だ。落語の怪談噺のような心ざわつくオチがつく。

 溝渕久美子「神の豚」は、近未来の台湾が舞台のマジックリアリズムを感じさせる作品。伝染病によって家畜飼育が禁止されている社会で、兄が子豚に変身してしまう。異常事態なのだが、きょうだいたちはあっさりと受けとめて、物語が進んでいく。新しいテクノロジーと伝統的祭事とがひとつの日常に同居している感覚が面白い。

 高木ケイ「進化し損ねた猿たち」では、太平洋戦争末期のボルネオで苛酷な敗走をつづける日本軍兵士、穂積が、オランウータンの群れに遭遇する。オランウータンたちは奇妙な芸術を創出していた。穂積は死と隣りあわせの孤独のなか、すさまじいヴィジョンに到達する。

 津原泰水「カタル、ハナル、キユ」は、平均律ではない独特の音階にもとづく伝統音楽を有する民族ハナルの記録。この音楽を入口として、宗教、組織構造、言語……とハナルの文化が概観され、ウイルス感染症の流行をめぐるサスペンスに接続する。物語密度が凄まじいが、まったく停滞するところがないのは語りの妙だ。

 十三不塔「絶笑世界」は、作者自身が説明しているようにモンティ・パイソンの殺人ジョークが霊感源のひとつ。それに触れたものは笑い死にしてしまう。このジョークの脅威に対して起用されたのが、売れない漫才コンビ、全損バルヴだ。必笑兵器を誰も笑わないネタで中和する。大役だが、当人たちは漫才のプロとしては複雑な心境だ。ほろ苦い青春小説としても一級品。

 円城塔「墓の書」は、特権的な「作者」の扱いについて、作中人物たちが議論するというアクロバティックな展開。捻りに捻ったロジックは、ロラン・バルト「作者の死」のパロディのようだが(また大森望が指摘するように笠井潔の「大量死理論」も連想される)、ヴァーチャル空間に登場人物の墓を立てることで、確かなSFの手ざわりがもたらされる。

 鈴木一平+山本浩貴(いぬのせなか座)「無断と土」は、〈SFマガジン〉の異常論文特集が初出。その異常ぶりは群を抜いており、言語遊戯、音韻論議、ゲーム空間、天皇制と民俗学などが、ぎっしり詰めこまれている。とても私の手には負えないが、その手に負えなさを楽しむことはできる。

 坂崎かおる「電信柱より」は、奇妙なラヴストーリー。主人公のリサは資格を得て「電信柱を切る」仕事に就いている。その彼女が、一本の電信柱に恋をしてしまい、切らずにすむように奔走するが……。ギャグでもなんでもなく、穏やかなラヴストーリーとしてちゃんと成立しているのがみごと。

 最後に控えるのは、伴名練「百年文通」。古い屋敷に置かれた机を介して、現代の小櫛一琉(こぐしいちる)と大正時代の日向静(ひなたしず)が文通をする。一琉は十五歳、静は十四歳。時代を隔てたロマンスはジャック・フィニイをはじめ先行作品がいくつもあるが、この作品は言葉を交わすだけではなく、一琉からスマホを送ったり(最初はアクシデントだったのだが)、静から自作のお菓子が送られてきたりと、若い女性どうしのはじけるような交際がつづく。しかし、これは現代から過去への干渉だ。やがて、ふたりの秘めやかなやりとりを超えて、時代の重大な局面とかかわってしまう。思わず首をすくめるようなピンチがいくつもあるが、一琉と静はあくまでポジティヴかつ健全で、読んでいてひじょうに気持ちが良い。また、一琉には妹が、静には姉がいて(どちらも歳が近い)、その微妙な関係がストーリーに絡んでくるところが、この作者らしい。

(牧眞司)

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