谷川俊太郎、壮年期の対話記録。自我のこと、家庭のこと、老いのこと――
90歳を超えてなお精力的に活動を続ける詩人の谷川俊太郎さん。今回ご紹介する『人生相談 谷川俊太郎対談集』は、自我、家庭、老い、言葉などについて、谷川さんがこれまでにおこなってきた対談を一冊にまとめた書籍です。
同書に登場する対談相手は6人。対談した時代が異なることもあり、読者は谷川さんの生き方を俯瞰して眺めるような面白さを感じられます。たとえば哲学者である谷川さんの父・谷川徹三さんとの対談「動物から人間になる時」がおこなわれたのは1961年で、谷川さんがまだ30歳のころ。徹三さん夫婦は当時としてはとても近代的で自由な考え方を持っていたようで、そうした親のもとで育ったことが谷川さんの人格形成や詩人としてのスタンスに大きな影響を与えていることが明かされています。
興味深いのはそれからおよそ60年後、同書の終盤に収録されている「いま、家族の肖像を」と「あとがきにかえて」では、今度は自身が父親の立場で息子の谷川賢作さんと対談していること。父・徹三さんについて谷川さんは「インテリで権威主義なところが嫌いで反面教師にして捉えてきた」としながらも、「結局父親については、そのとき腹が立っても、いまになって考えてみると彼はああしかできなかったんだと段階的にわかることがある。で、そこがやっぱり自分と共通してる」(同書より)と振り返っています。
だんだんと歳を重ねるなかで変化する部分もあれば、谷川さんのなかで早くから確立されていたものもあります。徹三さんとの対談のなかで、自分は特定の政治的信念を持っていないとし、以下のように述べています。
「自分でも割り切れないあいまいさみたいなものを、ぼくは大切にするよりしようがないですね。そういう立場がなくなりつつある時代だからこそ、そういう立場というものを、どうにかして守りたいという気持ちはありますね。そういう立場で詩を書くと、思想がないと言ってやっつけられたりするけれども、政治的思想だけが思想じゃないと思っている」(同書より)
自然や感情、生死など普遍的なことを独自の言語感覚で紡ぎ出す――。谷川さんが一貫しておこなってきた創作活動の根幹が垣間見えるようです。
同書ではこのほか、外山滋比古さん、鮎川信夫さん、鶴見俊輔さん、野上弥生子さんとの対談を収録。評論家や哲学者、作家といった面々と胸の内を語り明かした対話は、谷川さんの内面だけでなく、これまでの日本の歩みを振り返る貴重な言葉の記録であるとも言えます。
そして、同書をさらに引き立てているのが内田也哉子さんの「解説」です。これらの対談を「まるでジャズの即興を聴いているような高揚感を掻き立てる」とたとえ、谷川さんのことを「まるで荒野にひとりですっくと立つ、老成した魂を持つ少年」だと表します。たしかにこの対談は、そのとき限りの一期一会のジャズのような味わい深さがあります。谷川さんが言葉を交わした魂のセッションの数々を、皆さんも同書でゆっくりと楽しんでみてはいかがでしょう。
[文・鷺ノ宮やよい]
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