状況がわからぬままに迫りくる終末
妻アマンダは企業の営業部長、夫クレイは教授、息子アーチーは十六歳、娘ローズは十三歳。この一家四人はニューヨーク郊外の別荘をレンタルし、一週間の休暇を豊かな自然のなかでゆったりと過ごすつもりだった。しかし、到着からまもなく異変が起こった。別荘のオーナーを名乗る黒人老夫妻が訪ねてきて、マンハッタンで大規模な停電が発生し、その範囲が拡大中だと告げたのだ。老夫妻の自宅は高層ビルの上層にあり、エレベータなしではとても暮らせないので別荘に避難してきたという。
家族だけのところに水を差されたかたちだが、アマンダとクレイは社会的立場のある良識的な市民なので、老夫婦を受けいれざるを得ない。表面上は慇懃に、しかし内心では不満をくすぶらせながら。老夫婦は善人だが距離感がアマンダたちとは違っている。普段なら気にならないようなことでも、この閉塞した状況において妙に気に障るのだ。
テレビも電話もインターネットも不通となり、森では鹿の大群が移動をはじめ、大気を振るわせる正体不明のノイズが走る。いったい別荘の外部で何が起こっているのか? 放射性降下物の影響、他国からの攻撃、テロリストのしわざ……アマンダたちは孤絶した環境で思いをめぐらせるが出てくるのは憶測ばかりだ。
この作品がおおよその災害小説や破滅SFと異なるのは、世界を閉ざしていく危機の原因がいつまでも明かされないことであり、登場人物たちが積極的なサバイバル行動を起こさないところである。と言っても、破滅を従容と受けいれるのでもない。
彼らに染みついた日常の感覚が、不穏な状況を前に足踏みをつづけるのだ。陰鬱なる空回り。アマンダたち一家と老夫婦、この六人のあいだで、いくつもの小さな不協和音が積み重なっていく。
コロナ状況下の2020年10月に出版されて話題を呼び、全米図書賞小説部門の最終候補となった作品。すでに全世界二十七カ国で刊行が決定しているという。
(牧眞司)
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