ワイドスクリーンで展開する《三体》公式スピンオフ
劉慈欣《三体》といえば、全世界のSF界を震撼させたといっても過言ではない二十一世紀の話題作である。本書はその公式スピンオフ。作者の宝樹は中国SFの新世代として活躍中の現役作家であり、すでに短篇集『時間の王』が邦訳されている。
本書の主人公は、侵略者・三体人に地球が対抗するためにスパイとして送りだされた雲天明(ユン・ティエンミン)。オリジナルの《三体》三部作を既読のかたは周知のとおりこのスパイ作戦は水泡に帰したのだが、雲天明は凄惨な運命をたどって、三体人と人類との存亡のカギを握ることになる。
しかし、それはあくまで発端にすぎない。物語は空間規模的にもタイムスケール的にもエスカレートし、全宇宙の開闢から終焉にまたがる壮大な抗争が描きだされていく。当然、遙かに広がる宇宙像はメタフィジカルにならざるを得ないが、「十次元への次元逆転」だの「大宇宙と超膜とのエネルギー収支」だのという表現がバンバン繰りだされることで、物語の基調はメタフィジカル感よりもスーパーサイエンス感が強くなる。つまり、バリントン・J・ベイリーやイアン・ワトスンよりも、A・E・ヴァン・ヴォクト的な無茶なワイドスクリーンバロックなのだ。もっとも、ヴァン・ヴォクトのチープさは現代的にアップデートされているが。
その一方で、二次創作的なくすぐりも随所に施されている。雲天明と智子――《三体》シリーズをつうじての悪魔的ヒロイン――との会話のなかに、アニメ『エンドレスエイト』が出てきたり(ご存じないかたは検索してください)。もっともこれはたんなるネタではなく、宇宙の可能性、そしてこの作品の構造にもかかわってくることなのだが……。そこから先は読んでのお楽しみ。
(牧眞司)
- ガジェット通信編集部への情報提供はこちら
- 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。