物議を醸した“鬼畜映画”『セルビアン・フィルム』監督インタビュー 「この映画は自分の住む国や世界を寓話的に描いたもの」
あまりに過激すぎる内容から物議を醸し、多くの国で上映禁止の憂き目にあった『セルビアン・フィルム』(2010)。本作をクリアに蘇らせた、4Kリマスター完全版が現在上映中だ。
主人公は、引退した元ポルノ男優のミロシュ。類まれなる才能で共演女優とファンを虜にしながらも、業界から離れ、妻と幼い息子とともに平和な生活を送っていた。彼がかつての栄光を懐かしむなか、“海外マーケット向けの芸術的なポルノ”だという高額の出演依頼が舞い込む。ミロシュは養う家族のために仕事を引き受けるが、結果的に“スナッフフィルム(殺人映像)”の撮影に巻き込まれていく……。
“良き夫”、“良き父親”であろうとする主人公が、騙され堕ちていく様と、そのあまりに痛ましい展開は、映画の残酷描写に慣れていても目を伏せたくなるし、心を引き裂かれるようだ。しかし、それほどおぞましいのに、映画としてストレートに“面白い”ことにも驚かされる。悲惨な展開を迎えることは分かっていても、主人公がどんな運命をたどるのかが気になり、いつの間にか目が離せなくなってしまうのだ。
奇妙な魅力を持つこの映画はどのような想いで作られたのか。監督のスルジャン・スパソイェヴィッチにZoomでインタビューを行った。画面越しに現れたスパソイェヴィッチ監督は極めて紳士的な印象だ。「まず初めに、こういったインタビューの場を設けてくださった皆さんに感謝します」と丁寧に挨拶し、質問に答えてくれた。
[画像:『セルビアン・フィルム』メイキング]
本作がデビュー作となったスパソイェヴィッチ監督。監督が映画制作を志したのはどんないきさつだったのだろうか。
スパソイェヴィッチ監督「この映画がデビュー作で、あとは『ABC・オブ・デス』(2012)というオムニバス映画で短編を撮りました(※「R is for Removed」というセグメント)。作品は今のところそれだけです。
映画制作については、90年代の終わりから2000年代の初めにかけて映画学校に通い、そこで学びました。 学校には素晴らしい教授陣がいましたし、恩師とは今でも親友です。もちろん、学校に入ったのは単なる偶然や運ではありません。私は子供の頃から映画が好きでしたから、とにかくたくさん映画を観ていました。 映画の勉強や仕事をするようになり、よりじっくり観るようになりました。要するに、大の映画好きで、映画の世界を楽しんでいた人間が、色々な映画を観るうちにそれが心に残り、その分野で自分も映画制作をやってみようと思ったわけです。
昔から60年代から70年代のアメリカの監督や映画に夢中でした。(クリエイティブ面で影響を受けた監督は)フリードキン、ペキンパー、ポランスキー、デ・パルマ、クリント・イーストウッド、クローネンバーグ、カーペンター、ウォルター・ヒルなど多くいます。もちろん、尊敬するヨーロッパやアジアの映画監督もたくさんいます。ラース・フォン・トリアー、アントニオーニ、ヴィスコンティ、ブニュエル、パク・チャヌク、三池崇史などです。映画以外のアートでは、ルネサンスやシュルレアリスムに憧れました」
作る映画が“意味のあるもの”になっていれば、世の中に広まると信じている
凄惨な内容から“鬼畜映画”として注目されることとなった本作だが、そういった映画を好む客層・市場を狙っていたわけではなく、すべては寓話的に表現した結果だと監督は明かす。本作でもっとも波紋を呼んだであろう、“新生児”に関するシーンについても、メタファーとして登場させたものだという。
スパソイェヴィッチ監督「この映画は、私が住んでいる国についての批判、寓話、比喩のようなものであり、もちろん、世界についての寓話でもあります。さらに、政治、社会、文化、芸術について、寓話的に捉えた部分も含まれています。出発点は、とても直感的なもので、自分が今まで感じてきた感情や、ずっと積み重ねてきたもの、色んな映画やアートから受けた影響を表現することにトライしたいと思いました。プロジェクトの始めに、脚本家のアレクサンダル(・ラディボイェビッチ)とブレインストーミングをしてアイデアを積み重ねていくうちに、国や政治や世界への批判という形ができていきました。こういうスタイルの映画を撮りたいとか、それをどういうアプローチで撮りたいかとか、それらをこの作品の中ですべて出した感じです。自分の中の純粋な思いを、妥協せずに、包み隠さずお見せするということを、ただ正直にやったという感じなのです。
商業的なプランが先にあったわけではなく、“妥協せずに作りたい”という思いが先でした。ショッキングなシーンもあるけれど、そのようなシーンがあっても人々が理解してくれること、そしてそれを理解して好きになってくれる人々がいることを願うだけでした。また、本作のような直接的なアプローチは受け入れられない可能性もあると思っていました。でも、自分の作る映画が“意味のあるもの”になっていれば、スクリーンで上映され、世界と観客に届き、きっと世の中に広まると信じているんです。 この映画は、大きな予算もなく、大きな広告宣伝をしたわけでもない小さな映画でした。しかし幸運にも、どのような形であれ、観客に届く道を見つけることができたのです」
スパソイェヴィッチ監督「みんな、世界に対して心の底で不満があると思うんです。今の社会の中で、成功を勝ち取りたいとか、食卓に並べる食べ物を確保しなきゃいけないとか、そういう毎日の生活というのは、お役所や政治家が決めたルールに縛られているんです。残念ながら、昨今のアートもそうですね。映画と同じでアートもお役所が作ったルールに縛られているので、そんなところも表現しています。
私たちの人生というのは、ポルノと似たところがあります。だから、この映画のペースがポルノになっているんです。この映画は、歪んだ社会環境、政治、芸術などを通して、私たちが日々消費しているものを描いているのです。今作におけるポルノの描写は、私たちが現在の世界をどう見てどう感じているか言及する唯一の方法でした。本作に登場する“新生児”は、世界があなたに提供するものの最も単純なメタファーです」
おぞましい世界に取り込まれながらも、理性を保ち、抗おうとするミロシュ。騙された被害者である彼が、“加害者”の立ち位置へと歪められていくなかで、彼が発する怒りがひときわ強い印象を残す。このミロシュを演じたのは、スルジャン・トドロビッチ。セルビアのスター俳優だ。
スパソイェヴィッチ監督「キャスティングに関してはとても幸運でした。トドロビッチは一流のスターで、映画一家の生まれの方なんです。監督として、彼の怒りの演技を現場で見ていたわけですが、彼の表情は素晴らしいエネルギーを発していて、その演技には私も圧倒されました。彼の演技のスキルというのは本当にぐうの音も出ないほどのものです。撮影は60日間で、その内彼は55日間セットに来ていて、ほとんどのシーンに彼が出ているんですね。だからこの映画はまさしく、彼から始まり、彼に終わるという感じです。
彼が出てくれれば他のキャストも出てくれるだろうとは思っていましたが、ほとんど全員のキャストがファーストチョイスの方に出演してもらうことができました。俳優もスタッフも、皆さんセルビアの素晴らしい方たちばかりなんです。俳優の方々も、セルビアで大スターと言える方が興味を持ってくださって、脚本と物語に感心して、“参加したい”と言ってくれたんです」
『セルビアン・フィルム 4K リマスター完全版』
2022年7月22日(金) ヒューマントラストシネマ渋谷、池袋シネマ・ロサ、シネマート新宿、アップリンク吉祥寺他 全国ロードショー
監督:スルジャン・スパソイェヴィッチ
脚本:アレクサンダル・ラディヴォイェヴィッチ
撮影:ネマニャ・ヨヴァノフ
出演:スルジャン・トドロヴィッチ/セルゲイ・トリフノヴィッチ/イェレナ・ガヴリロヴィッチ
2010年/セルビア/セルビア語/104分/カラー/シネマスコープ/DCP/R18/
原題:A SERBIAN FILM
配給:OSOREZONE/エクストリーム
[画像:『セルビアン・フィルム』メイキング]
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