戦下で本を愛する者たちの物語『あの図書館の彼女たち』
図書館はいつだって身近な場所だった。個人の家には置ききれないほどの蔵書があり、ほとんどの利用者は読書好きで、本に詳しい司書さんがいて相談に乗ってくれる。読み聞かせの会を心待ちにしたり、借りて読んでおもしろかった本はどうしても手元に置きたくて本屋さんに買いに走ったりと思い出も尽きない。書店は残念ながらなくなってしまうこともあるけれど、公共の図書館ならまずそんなことはない…というのは、平和な時代に暮らす者の発想だったと思い知らされた。戦時中は図書館が閉鎖されたり、図書館を運営する人々がいなくなったりすることだってあり得るのだから。
本書の主役はふたり、オディールとリリー。1939年、20歳のオディールがパリにあるアメリカ図書館(ALP)に面接を受けに行くところから物語は始まる。デューイ十進分類法に関心があり、図書館の常連でもある彼女は、女性館長であるミス・リーダーとの面接に臨む。が、面接での受け答えには失敗したと感じ、意気消沈するオディール。それでも、顔見知りの利用者たちから励まされ、図書館で働きたいという強い気持ちを綴った手紙をミス・リーダーに宛てて送ることに。
次の章では、時代が進んで1983年、舞台はアメリカのモンタナ州フロイド。12歳のリリーは隣に住む”戦争花嫁”のミセス・オディール・グスタフソンの存在が気になっている。彼女に対してリリーは、「どうしてミセス・グスタフソンは、あれほどひととちがっているのだろう?」と思っていた。学校の課題でフランスについてのレポートを書くことになったリリーは、ミセス・グスタフソンにインタビューを申し込もうと計画を立てる。翌日リリーは隣家を訪ね、そこから長きに渡るふたりの友情が始まったのだった。
次の章は、ふたたび1939年のパリ。警察所長で旧弊な考えを持つ父には外で働くことを反対されていたが、オディールはアメリカ図書館にめでたく採用される。思い通りにならない娘に業を煮やし、パパは自分の部下の警察官たちを事あるごとに自宅に招待し、オディールの花婿候補になることを期待していた。オディールの双子の片割れであるレミーは、彼女の最大の理解者。とはいえ、男であるレミーは”早く結婚しろ”といったプレッシャーとは無縁であるのが、オディールには不満だった。しかし、ある日の昼食に招かれたポールに対し、オディールはこれまで経験したことのない胸のときめきを感じる。
ナチス占領下のパリと1980年代のフロイドを行き来しながら、物語は進む。パリでのオディールはアメリカ図書館で生き生きと働き、また恋人との愛を育みながらも、否応なしに戦争という時代の波にのまれていく。一方母親を亡くしたリリーは、オディールとの交流が深まるにつれ、年上の友人が明かそうとしない秘密を知りたいと思うようになり…。
巻末に掲載された「著者の覚書」によれば本書は、「第二次世界大戦中にALPを開館し続けた勇気ある職員の話」を題材にとっている。非常時で我が身さえ危険にさらされているときに、自分の信じるところに従って行動した人々が現実に存在したことに心を揺さぶられずにはいられない。『あの図書館の彼女たち』は本を愛する者たちの物語であり、家族の物語であり、友情(シスターフッド)の物語である。たとえ信頼を損なうような過ちを犯してしまったとしても、心からやり直したいという気持ちがあれば、絆を取り戻すことも可能なのだと勇気づけられた。
現在、ロシア・ウクライナをはじめとして、地球上のいろいろな場所で争いは続いている。人が人を傷つけたり本を守るために命を懸けたりする必要などない世界が、どうか実現しますようにと祈らずにいられない。
(松井ゆかり)
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