アヴリル・ラヴィーン、20周年を迎えたデビューAL『レット・ゴー』の思い出や今後やりたいことについて語る

アヴリル・ラヴィーン、20周年を迎えたデビューAL『レット・ゴー』の思い出や今後やりたいことについて語る

 アヴリル・ラヴィーンのデビュー・アルバム『レット・ゴー』は、20年前の今週、2002年6月4日に発売された。現在37歳の彼女は、この節目を機にこれまでの歩みを振り返りつつ、映画や料理本、初のクリスマス・アルバムなどを含む今後の計画について英ガーディアン紙に語っている。

 キャリアを振り返るインタビューで彼女は、所属レーベルのボスであるブリンク182のトラヴィス・バーカーや、今度一緒にツアーをするマシン・ガン・ケリーともっと仕事をする予定だと明かし、さらには自身のバケット・リスト(死ぬまでにやりたいこと)で優先度の高い項目をいくつか実現させるつもりだと語っている。

 その一つが料理本の出版であることを明かした彼女は、「私の料理は豪華なんですよ。何でもできます!パスタ、ソース、ヴィーガン、サラダ、スープ……スープはあらゆる種類を作れます」と述べており、自身初のクリスマス・アルバムをレコーディングしてみたいことや、メイクアップ・ラインを立ち上げたいこと、そして2002年のヒット曲「スケーター・ボーイ」の映画を任せる監督を見つけたことなどについて語った。

 映画製作について彼女は、「映画を作るというこのプロセスについて学べることが待ち遠しいです。もっと作りたくなると思うんです」と話している。

 カナダのオンタリオ州にある、人口5,000人のナパニーという小さな町出身のアヴリルは、ポップ・スターになろうと決めた時、自分が何に巻き込まれるのか全く分かっていなかったとガーディアン紙に語っている。「ハリウッドが何なのか、レコード契約が何なのかすら知りませんでした」と彼女は言い、自分の考えを理解してくれる共同作詞/作曲家やプロデューサーを探すために、企業の役員室で気まずいミーティングが延々と続いたという。このもどかしいプロセスと音楽制作テクニックの知識不足から、彼女はなかなか自分らしいスタイルを形にすることができなかった。

 アヴリルは、「彼らは私の意見なんてどうでもよかったんです。彼らには自分たちのやり方があって、私を見ようともせず、私にリードさせてみようとはしませんでした」と振り返っている。だが彼女の音楽が常に示してきたように、アヴリルには言いたいことがたくさんあり、それを表現する具体的な方法が分かっていた。「自分が何をしたいのか、そして何をしたくないのかははっきりしていました。苦悩を表現したかったし、もっとバンドっぽくしたかった。バブルガム・ポップにはなりたくなかったんです。自分の感情を歌詞にしたかった。正直、私はとても、とても純粋だったんです」と彼女は語っている。

 まだ10代だった頃を振り返りながらアヴリルは、「実家を出てすぐにツアー・バスに乗り込んだんです。ルールなんてなかった。“もうビールを飲んでもいいし、毎日ピザを食べてもいいんだ”って思いましたし、バンドと一緒に世界中を旅することができました。すごく忙しかったけれど、とても大切な時間でした」と述べている。

 今年に入ってアヴリルは、『レット・ゴー』の20周年記念デラックス・エディションをリリースすると約束したが、現時点でまだ発売日は発表されていない。

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