通勤時間1分。「会社のとなりに住む人は幸せか?」を聞いてみた
この世には、「会社のとなりに住む人たち」がいる。
通勤時間を極限まで減らし、空いた時間を生活やさらなる仕事に割り振る。限られた人生の時間を、究極の方法で生み出す者だ。
コロナ禍で、働き方の可能性を大きく広げたリモートワーク。それでも補完しにくい、直接的なコミュニケーションが可能なオフィスの役割も見直されるいま。彼らの生活に迫ってみた。
90万円の部屋に住み、となりの会社へ通う社長
今回はそんな日常生活を送る2人に話を伺った。この両者、家賃は10倍ほど違う。まずは90万円もの高額な家賃を払いながら、会社のとなりに住む1人目の声を聞く。
左はオフィスがあるアークヒルズ、右は住居の泉ガーデンレジデンス。本当にとなりだ(写真撮影/辰井裕紀)
位置関係はこの通り(写真撮影/辰井裕紀)
六本木のアークヒルズサウスタワーに会社を構え、システムエンジニアリングサービス事業とSaaS事業を営む株式会社エージェントグロー。このエリアは完全なる「ビジネス一等地」だが、よりによってとなりにある超高級マンション、泉ガーデンレジデンスに居を構えている人がいる。同社代表取締役の河井智也さんである。
「ウマ娘」にハマる河井社長(撮影時のみマスクを外しています。写真撮影/辰井裕紀)
会社のとなりへ住むようになったいきさつを語ってくれた。
「実家暮らしが長かったんですけど、27~28歳で一人暮らしを始めてから、ずっと職場の近くに住むようにしています」
そこには理由があった。
「実は私、元引きこもりのニートで。家は貧乏でしたし、学歴もそれほどじゃなくて」
世の中は不平等だ。
「ですがある日、『どんな人にも時間は平等なんだよな』と気付いたんです」
当時住んでいた新横浜の実家から、都心へは通勤に1時間以上かかる。その通勤時間を時給2000円で計算すると「1年でおよそ100万円」になる。
「時間を有効活用して通勤時間を仕事や勉強に費やそうと思い、『会社の近くに住もう』と決めました」
そう一念発起して、18億円を超える売り上げと317名もの従業員を抱える会社を築いた。
かつて河井さんのオフィスがあった溜池交差点(写真撮影/辰井裕紀)
創業当初のオフィスは溜池山王にあり、赤坂に住んでいた。
「当時は会社から7分くらいのところに住んでいたのですが、会社が移転したのに伴い徒歩10分ぐらいになっちゃって。それを機に『新社屋から一番近い部屋に引っ越そう!』って決めたんです」
部屋の中。さまざまな日本画が飾られている(写真提供/河井智也)
真ん中に見えるのが自宅と会社を行き来する裏道(写真撮影/辰井裕紀)
新しい住まいは1LDKで66平米ほど。リビングは16.5畳(約30平米)でバルコニーも広々としている。
「赤坂のときは妻と2人暮らしで2LDKに住んでいたんですけど、引っ越し先を決める際に『個室がふたつあるより、リビングの大きいところに住みたいね』と話して。画家の妻が大きな作品を描くにも便利なので、広いリビングのある1LDKに引っ越しました」
始業の10分前に起きても会社へ間に合う
一人暮らし時代の家賃は15万円、赤坂のときは30万円。六本木で48万円と来た。そしてこの記事が出るころには、同じマンションの高層階に引っ越している。床面積は2倍近くに広がるも、家賃はさらに90万円へ跳ね上がった。
「子どもが生まれてから物がすごく増えて手狭になり、リビングがさらに広い2LDKに引っ越しました。物置が大きいので、たくさんある妻の画材もしまえますね」
リビングは19畳と広々している(画像提供/河井智也)
90万円もの高額な部屋に住む、決断に至った心中とは。
「環境がよければ、お金を稼げますから。家賃が高くとも、たくさん頑張って成果を出せばいいので」
力強く語る。そのために寝る時間も大切にしている。
「家が会社のとなりにあるおかげで、徒歩1分で帰宅できます。会社を出るのが24時を過ぎても7~8時間は眠れますし、仮に寝坊して8時50分に起きても、定時の9時に間に合いますよ」
エスカレーターを乗り継げば泉ガーデンレジデンスからアークヒルズまで雨に濡れずに移動できる(写真撮影/辰井裕紀)
「電車通勤が不要」なのも、会社のとなりに住む利点という。
「なかなか気づかないですけど、電車に乗るのは意外と精神的に削られるんですよ。人とすごく近いとかで。会社に着いた時点でもう、ちょっと疲れちゃうんですよね」
“仕事のパフォーマンスに直結する”との考えから、電車に乗らなくていい家を選んだ。
東京メトロ南北線 六本木一丁目駅も近いがほぼ使わない(写真撮影/辰井裕紀)
近いから家庭生活も大事にできる
会社の成長にも、「会社のとなり」生活が活きた。
「一番大きいのは、採用面接ですね。面接に来る求職者の方の大半は平日の日中帯に働いていますから、だいたい定時後か土日の面接を希望されるんですよ。コロナ前は対面の面接がメインだったんですが、さまざまな事情で来社できなくなる方もたまにいらっしゃって」
家が遠ければ通勤時間が気になるが、家がとなりにあれば精神的にも余裕ができる。土日の面接でもゆとりを持って対応でき、良い社員が続々と入社してくる好循環が生まれた。そして、「結婚生活」においてもメリットがある。
「1歳にならない子どもがいるんですが、子どもに何かがあって妻からヘルプがあったらすぐ帰れるんですよね。家のベランダから会社の明かりが見えるほど近いので、お互い安心できます」
中央右側が家。バルコニーから合図を送れる距離だ(写真撮影/辰井裕紀)
ちなみに行きつけのお店は?
「自宅近くのお店にはだいたい入ったことがあるので、誰かとごはんを食べるときにいいお店はある程度把握しています」
さすがの網羅ぶりを見せる河井さんに、いくつか店をピックアップしてもらった。
「THE CITY BAKERY BRASSERIE RUBINは、パリのパン屋さんのレストランです。広くて子連れで行きやすいうえにテラス席もありますし、妻も好きなお店です。あとは陳麻婆豆腐とか。辛いのが好きな社員も多いので、みんなでランチによく行きますよ」
陳麻婆豆腐(写真撮影/辰井裕紀)
ランチセットは1,100円。ごはんを大盛りにすれば食べごたえもある(写真撮影/辰井裕紀)
歩かなくなって30キロ太った
(撮影時のみマスクを外しています。写真撮影/辰井裕紀)
メリットは多いが、意外な盲点も。
「会社の近くとなると大都会であることも多いので、まず家賃が跳ね上がります。職場近くにずっといると生活もマンネリ化しがちなので、旅行などでリフレッシュするように心がけます」
近くに住むからこそ、遠出する余裕もできるという。そして河井社長は笑って話す。
「会社のとなりに住むようになって、30キロ太ったんですよ。あまりに太りすぎてみんなから『痩せろ』と言われて。歩くってカロリー消費に大切だったんだなと。あわててジムに通い始めましたね」
老後は、会社を離れて住むことも考えている。
「歳を取って会社の近くに住まなくてよくなったとき、競馬ファンの私は『競馬場の近く』にでも住んでいるかもしれません(笑)。そのとき自分が熱中しているものや、やりたいことを叶えられるところに住むのが一番だと思いますから」
それまでは、仕事がやりやすい「会社のとなり」生活を謳歌する。
「仕事で成果を出したり年収を上げたりしたい人は、絶対会社の近くに住んだ方がいいと思いますね」
(写真撮影/辰井裕紀)
あの大阪の大手ゲーム社員も「会社のとなりに住む」
もう1人。誰もが知るあの大阪の大手ゲーム会社のとなりに住むのが、キャラクターデザイナーのolorさんだ。
olorさんの近影(画像提供/olor)
「会社への距離は……本当に1分くらいですね。距離は50mもないです」
JR吉祥寺駅前 (写真/PIXTA)
いったいなぜ会社のとなりに住んだのか。それは東京時代にさかのぼる。
「吉祥寺に住み、渋谷まで通勤していました。会社までは50分かかり、出退勤ラッシュに苦しんでいたんです。人混みに眼鏡を割られたこともありますし、酔ったとなりの人からゲロを吐かれたことも3回あります(笑)」
olorさんが勤めるゲーム会社の社屋(画像提供/olor)
電車を逃して会社に何度も泊まったこともあり、通勤の苦労は深く脳裏に刻まれた。そこから3年前に転職し、東京から大阪に移住する。
8年住んだ吉祥寺は気に入っており、「関西の吉祥寺」のようなところを探したが、なかった。そこで目を付けたのが、会社のとなりだったのだ。
「さすがに会社のとなりは、仕事モードのオンオフができなさそうで悩みました。ですがこだわりポイントがすべて集まっていたのも、会社の近くだったんです。川の真ん中にあってオシャレな中之島公園もあるし、10分歩けば大阪城。ショッピングモールもあったので」
そして「通勤・退勤ラッシュにつかまらない」のも理由のひとつだった。
遊覧船が通る中之島公園。イベントも開催されてにぎわう(画像提供/olor)
関西の物件は東京よりは安いと思っていたが、本社があるのは大阪市でも都会の中央区だ。7万2000円の家賃では広い部屋を借りられなかった。
「吉祥寺時代の6畳から9畳になりましたが、実質キッチンが3畳ほど取っている1Kなので、やっぱり狭いです」
olorさんの部屋。キッチンが部屋のスペースを取っている(画像提供/olor)
猛暑や梅雨も関係なく過ごせる
「残業が多い業界で近所に住む社員も多いですが、本当にすぐとなりだと知るとびっくりされましたね」
だからプライベートでもよく同僚と遭遇する。
「気まずくはないですけど、ピザを買って帰るところを目撃されて『今日ピザなんですね』とか言われることはあります(笑)」
行きつけのお店も、やはり近くの店になる。
「いつも同じところばっかりに行ってしまうのが問題です(笑)」
長い行列のできるつけ麺の井手本店や、たっぷりの鶏むねからあげが食べられる万喜鶏などは、olorさんも何十回と通っている。
焼き鳥屋の万喜鶏。「めちゃくちゃなボリュームの鶏のむねからあげが好きで、よく行きます」(画像提供/olor)
+200円で倍近くからあげが増える(画像提供/olor)
住んでみると徒歩1分もかからず出勤できるし、電車のラッシュとは無縁で、まるで体力を消耗しなかった。猛暑や梅雨も苦にならないし、自分の時間が増えた。
「家と会社への往復があまりにもカンタンですから、家のPCの調子が悪くなったときも、出勤して会社のPCでやり過ごせました。退社後には『olorさんがデータを確認しないと進めない』などの連絡もたまに来るんですが、パジャマのまま会社に行ってすぐ解決できますよ」
「ついでに」の行動ができない
だが、デメリットもある。olorさんが勤めるような大企業は都会にあるため、「都市のノイズがうるさい」
「働くならいいんですが、住むのは大変です。そばに片側5~6車線くらいあるすごく大きい道路があり、緊急車両のサイレンが毎日のように鳴るし、バイクの暴走族もいます。休日にはデモまで」
さらにまわりには高い建物が多く、日当たりも微妙だという。
「会社と家の往復では仕事のオンオフができません。インドア派の私でも、変化がなくて息苦しさを感じます」
関西に来て3年経つが、その実感も薄いという。会社もデスクワークのため、1日10分も歩かない。
「あと、通勤に距離があるとお店や公園に寄ったり、映画を観たりできます。家が近すぎると、意識してアクションを起こさないと外での行動ができません。お家に入ったら『もう出たくない』となるので」
物も増えて手狭になり、引っ越しを計画中(画像提供/olor)
「会社から離れる幸せ」も見えてきた
なので、次は会社から離れたところへのマイホーム購入を考えている。
「大阪は東京ほど電車が混まないっていうし、30分以上離れてもいいかなと。物も増えましたし、関西で落ち着いてもいいと思ったので」
探しているのは交通の便のよさとともに、自然豊かな街だ。
「京都と大阪の真ん中にある高槻市とか、大阪・枚方市の樟葉とか。老後も考えたら、京都の宇治市もいいかなって。通勤は1時間かかりますが、電車1本ですぐ京都市内には出られるので。趣味のバイクで琵琶湖にもすぐ行けますから」
宇治市御蔵山から見渡す秋晴れの山科方面の景色 (写真/PIXTA)
そうやって引っ越しを考える日々だが、それでも「会社のとなり生活」は、メリットの方が多いと語る。
「移動がない分、自分の時間は明らかに増えます。仕事が生活のメインの人か、完全にインドアの人にはいいと思いますし、都会生活が好きな人には最適だと思いますよ」
会社のとなりに住みたくなった人には。
「単調な毎日になりやすいので、帰宅後や週末のプランを意図的に組み込んで、気分のオンオフをしたほうがいいですね」
夕日が沈む琵琶湖(写真撮影/辰井裕紀)
テレワークで、時間と距離の自由を得た現代人。しかし、もし行き詰まりを感じているようであれば、「会社のとなりに住む」のも選択肢の一つだ。多くのメリットとともに、デメリットも確実にある。そこを見きわめて納得できたら、こう生きるのもいいだろう。
会社のとなりに住むメリットと、離れて住むメリット。一緒に見つめられるはずだ。
●取材協力
株式会社エージェントグロー
olorさん
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