【「本屋大賞2022」候補作紹介】『星を掬う』――母娘の再会の物語を通して問いかける、「自分の人生を自分で生きる」意味

【「本屋大賞2022」候補作紹介】『星を掬う』――母娘の再会の物語を通して問いかける、「自分の人生を自分で生きる」意味

 BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2022」ノミネート全10作の紹介。今回取り上げるのは、町田そのこ(まちだ・そのこ)著『星を掬う』です。
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 『52ヘルツのクジラたち』が「本屋大賞2021」大賞を受賞した町田そのこさん。待望の受賞後第一作となるのが、幼いころに別れた母親との再会の物語を描いた『星を掬う』です。

 主人公は、離婚した元夫・弥一からの暴力におびえる女性・芳野千鶴。なけなしの生活費まで弥一に奪われ、心身ともに追い詰められた彼女のもとに、一本の電話がかかってきます。それは、千鶴が母との夏の思い出を投稿して採用されたラジオ番組のディレクター・野瀬からでした。芹沢恵真という若い女性が、自分は千鶴の母・聖子と長く一緒に暮らしている、聖子が千鶴に会いたいと言っている、と局に連絡してきたというのです。

 野瀬のセッティングのもと、恵真と千鶴は対面。弥一からのDVで腫れ上がった千鶴の顔を見て、恵真は「うちに来てあたしたちと一緒に暮らそう」と提案します。

 こうして聖子、恵真、聖子の友人の彩子が暮らす「さざめきハイツ」で共同生活を始めた千鶴。22年ぶりに会った母はふくよかで派手な身なりになっており、昔の痩せて地味だった姿とは別人のよう。「これから、千鶴さんを支えてあげてよ」と言う恵真に、「私が? 無理よ!」と叫びます。さらに聖子は若年性認知症を発症しており、毎朝顔を合わせても千鶴を認識できず、千鶴が自分の娘だと思い出すたびに奇妙な表情を浮かべるのです。

 また千鶴は、聖子を「ママ」と呼んで慕う天真爛漫な恵真や、ケアマネージャーとして働きながら家事も完璧にこなす彩子を見るにつけ、希望や幸福とは縁遠かった自身の境遇を恨みます。しかし共に暮らす中で、そんな恵真や彩子にも”母と娘の関係を築けなかった”という傷が存在することに気づいていきます。そして、それは母・聖子も同じだということにも――。

 千鶴が小学1年生のときに家を出ていった聖子。千鶴の大切な思い出である、聖子との夏の逃避行は、聖子にとって新しい自分に生まれ変わるために必要なものであり、けっして気まぐれで千鶴を連れていったわけではありませんでした。そのことを知った千鶴は、自分がこれまでつらい、哀しい、寂しい思いをすべて母のせいにしてきたことに気づき、「あのひとのせいにして思考を止めてきたわたしが、わたしの不幸の原因だったんだ」と思い至るのです。

 世の中には仲良し母娘がいるいっぽうで、大人になってからも”母と娘”の関係性に縛られ、抜け出せない人もいます。そうした人々にとって、「ひとにはそれぞれ人生がある。母だろうが、子どもだろうが、侵しちゃいけないところがあるんだ」「家族や親って言葉を鎖にしちゃだめよ」という同書の言葉は胸に響くのではないでしょうか。

 どんな過去があったとしても、「自分の人生を生きるのは自分なのだ」という強いメッセージを感じさせる同書。痛みを伴いながらも前に進もうとする登場人物たちに、生きる勇気をもらえる一冊です。

[文・鷺ノ宮やよい]

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