心が弱ったときに効く短編集〜寺地はるな『タイムマシンに乗れないぼくたち』

心が弱ったときに効く短編集〜寺地はるな『タイムマシンに乗れないぼくたち』

 心が弱ったときには、お酒より花より団子より寺地はるな作品が効くと思う。とりわけ『タイムマシンに乗れないぼくたち』はこれまでで最大級の効き目が期待できる小説で、もう薬局やドラッグストアでも売ってくれたらいいと思えるレベルだ。本書は独立短編集。どの短編の登場人物も生きづらさを抱えていて、収録された7作の中から自分の置かれた状況に近いキャラクターに感情移入しやすい。複数回答も可。ということで、個人的に特にぐっときたのは、「コードネームは保留」と「深く息を吸って、」。

「コードネームは保留」については、自分が殺し屋であるという設定に従って日々を乗り切っている南優香に対して、「私もだよ! 同志がいた!」と小躍りしたい気分になった。ついでに言えば、学生時代から名字で呼ばれるタイプなのも同じ。そう、私も設定に沿って生きている(スパイ・探偵・鑑識課員など、設定は複数ある。優香ほどひんぱんに設定を発動していはいないが、けっこう練っているつもりだ)。優香の心の声が素晴らしい。論外とされるキャベツ太郎(笑)

 現実は時につらい。そうそう前向きになってばかりもいられないし、周りはいつだって自分よりもきらきらしてみえる。だけど、必ずしもそうではないのだ。どんなに輝いている人にだって悩みはある。という事実を知ったからとて悩みが解決するわけではないのだが、それでも少なくとも「つらい思いをしているのは世界中で私だけ」とさらに自らを追い込むような妄想からは解放されるのではないだろうか。

「深く息を吸って、」についても、主人公である女子中学生が他人とは思えない。”周囲となじめずにいた””映画が好き”などの共通点があったからだが、なんといっても彼女が熱烈に思いを寄せる相手がリバー・フェニックスであるというところがポイントだ。リバーの魅力について書き始めたら、”新刊紹介”の範囲を大きく踏み越えてしまうため涙をのんで控えるが、私自身もほんとうに心を奪われた俳優だった(たぶん彼女と私は年齢が近そう)。主人公がリバーの存在に支えられて、いままでとは違った自分になれる場面が胸を打つ。

 人はみんな誰かを支え、誰かに支えられている。初対面の人や、場合によっては直接会ったことすらない人の力になれることだってある。であれば、いつも顔を合わせて意思の疎通がしやすい同級生や同僚たちがいがみ合っているなんて、ほんとは不毛なことだ。少なくとも、相手を否定しないこと、美点を見つけようとすることくらいは可能なはずである。例えば「対岸の叔父」の史とマレオの間のイレギュラーな感じのコミュニケーション(少なくとも史はマレオに広い心で接している)も、人間こうありたいと思わせるものだ。

 それは馴れ合うこととも違う。必要になってくるのは、優香が感じたように「ひとりはさびしいのでもかっこいいのでもなくて、ただのひとりだ」という意識だと思われる。ひとりひとりが自分の足で立っていて、違う考えを持つ人やいわゆる一般的な感覚からは少しはみ出しているような人を否定しない。そういったことをみんなが実行できれば、この世界のかなしみは激減するに違いない。ただ、そんな簡単なことが何よりも難しいのも我々は知っている。だから、私たちには寺地はるなという作家が必要なのだ。少しずつでも勇気を出せるようになるためにも、寺地作品を読み続けていけたらいい。

 どうしようもなく孤独を感じているあなたも、もしかしたら誰かの灯台のような存在であるかもしれない。あなたがそこにいてくれるだけでちゃんと意味はあるということを、本書のどの短編からも読み取れることと思う。

(松井ゆかり)

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