別々に旅する三人の書簡で綴られた架空旅行記
アンリ・ミショー『幻想旅行記』やイタロ・カルヴィーノ『見えない都市』の系譜につらなる架空旅行記。三人の共作というところがミソで、各自が別々に世界を巡り歩きながらお互いに手紙を送りあい、リレー書簡として作品が形成されているのだ。ファンならご存知のとおり高山羽根子、酉島伝法、倉田タカシは小説家だが、アートのセンスと実績があり、手紙にたくさんのスケッチや写真が添えられている。これが全体に絶妙な雰囲気を醸しだしている。
個々のエピソードでとくに印象に残ったものをいくつか紹介しておこう。
言葉の通じぬ国で体験ツアーとして呪物工場で働いた経験。太古の地層から発掘された石の型に粘土を押しつけ、針で細かな呪的文様を刻み入れていく。異常に疲弊する作業で、しかもホテルに帰れば得体の知れない虫に血を吸われる毎日。
満潮時に水没する島。住民のうち年頃の娘だけが、水のなかでも地面に足をつけて息つぎなしに暮らすことができる。娘たちは自分の足元をぐるぐる懐中電灯で照らし、その光が海面を通して見える。
ひとつの街なのに、〈こちら〉と〈あちら〉が大きな川で分断されている。街を訪れた旅人は定番の観光として船で〈こちら〉から〈あちら〉をめざすのだが、〈あちら〉の岸には絶対にたどりつかない。
先ほど「共作」といったが、「競作」と言い直したほうがよいかもしれない。受けとった手紙が刺激となって、新たなイマジネーションが掻きたてられる。そんな連鎖になっているからだ。一方方向の手紙ではなく、三人の両方向なので話題が分岐し、逆戻り、交錯しながら進んでいく。
三人の作者はいきあたりばったりに旅をつづけ、それでもいつか世界のどこかで三人が一緒になることを、ほぼ疑っていない。そんな独特な旅の感覚も面白い。
(牧眞司)
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