宇宙論的視野へ到達するテレポートSF
第九回ハヤカワSFコンテストで大賞を受賞した、ケレン味たっぷりの異能バトル小説。際立った個性のキャラクターたちが入り乱れ、それぞれに繰りだす攻撃・防禦の技、超絶的な兵器、何手も先読みしての戦術……見せ場の連続だ。ちょっとやりすぎの感もあるが、とにかく熱量に圧倒される。このままアニメ化したら、さぞ凄いだろう。
ただ派手なだけではなく、ひとつひとつに凝ったSF設定がほどこされているところに感心させられる。いちばん中心にあるアイデアは、2029年に人類が獲得したテレポート能力だ。
初期のテレポートは事故の連続だったが、やがてコントロール方法が開発され、実用化の道が開く。テレポートはそれをおこなう人間の自認(自己の境界をどう意識するか)にかかわるので、空間的な枠を設ける必要がある。そのためにワープボックス(WB)なる部屋を用意するのだ。通常のテレポートはWBとWBのあいだを移動し、また免許制度によって管理される。
それに対して、WBを用いないテレポート(「古典テレポート」と呼ばれる)は違法だ。きわめて危険であり、相当の資質・技量がなければ操ることはできない。このあたりの設定が、この作品のバトル・シーンに活かされているわけだ。
主人公の赤川勇虎は運送会社で働く職業テレポーターだったが、安全なはずだったWB内で悲惨な衝突事故を起こし、PTSDでテレポート能力に障害を負ってしまう。鬱々した日々を送る勇虎。しかし、道端のゴミ箱のなかにひとりの少女を発見し、運命が大きく変わっていく。
少女の名はナクサ。世界で数人しかいない対蹠者(たいせきしゃ)だった。普通のテレポートは水平方向の移動だが、対蹠者は重力に逆らって垂直方向に移動でき、地球の裏側にもいっしゅんにして到達できる。ナクサはこの能力を〈炭なる月〉という組織に利用されていたのだが、その境遇に嫌気がさして逃げだしてきたのだ。
ボーイ・ミーツ・ガール。能力に障害を負った彼と、卓抜した能力を有する彼女。非合法な巨大組織からの逃避行。
発端は、まさしくジュヴナイル超能力SFの常套だ。しかし、物語が進むうち、背景となる未来社会の成り立ち、テレポート能力をめぐるイデオロギー的対立、さらには宇宙論につながる真相と、パースペクティヴがスケールアップしていく。
この作品をめぐってSFコンテストの選考会では大きな議論を呼んだという。巻末にはコンテスト選評が併載されており、各選考委員(東浩紀、小川一水、神林長平、塩澤快浩)がこの破格な作品『スター・シェイカー』をどのように評価したかがわかって面白い。
(牧眞司)
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