細やかに「家族」を描く河野裕『君の名前の横顔』
家族というのは、幸せを絵に描いたように見えても内情は冷え切っている場合もあれば、法的には親族であるとは見なされない関係であっても強い絆で結ばれている場合もある。ただ家族という体裁を整えようとするだけなら愛情は往々にして必須条件とはならないし、一つ屋根の下に住んでいてもお互いを傷つけ合ってばかりいるという人々だっている。
本書の主人公たちは、母親と息子がふたり。もともとは父親も含めての4人家族だった。しかし5年前、建築士だった父・牧野英哉が設計した新築の家が欠陥住宅であるとの理由で、その家の持ち主が自ら命を絶つ。その男性が亡くなる直前、自分のフェイスブックに英哉本人と勤務先の工務店を断罪する長い記事を載せていた。男性が亡くなってから4か月たって、SNSでこの記事が突然注目を浴びるようになり、何万人もの人々が英哉を糾弾し始める。さらに3か月後、彼もまた死を選んでいたことが知れ渡るまで。
本書の主人公たちは、母親・三好愛と、20歳の牧野楓と10歳の三好冬明という息子がふたり。楓は英哉と前妻の間に生まれた子どもで、冬明は英哉と愛の間に生まれた子ども。3人は英哉が亡くなった後、愛が卒業した大学の近くに引っ越した。同じタイミングで愛は冬明とともに三好姓に戻り、楓はそのまま牧野姓を名乗ることに。楓は母と弟が「旧姓に戻るのは適切な判断だ」と考え、愛は三好という名字への変更を勧めたにもかかわらず牧野姓のままでいることを選んだ義理の息子の意思を尊重した。
プロローグで描かれるのは、一緒に色鉛筆で塗り絵をする冬明と楓。きっかけは、冬明の同級生・チャロの話だった。先生はチャロを気に入っていないので、「常識的に考えて」おかしいといった物言いで生徒を注意するのだと冬明は訴えた。楓は冬明の話の内容を受けて、「常識ってのは一八歳までに身につけた偏見のコレクションらしい」とアインシュタインの言葉を披露する。さらに、「常識なんて、人それぞれ別のもの」「それは中身が違って当然なのに、立場で自分の方の常識だけを押し通すのはずるい」と語った。繊細で聡明なふたりの言葉は大学生と、まして小学生との会話に思えない。しかし、最後に冬明は謎めいた言葉を口にする。13色入りだった絵具セットから紫色がなくなった、それは「ジャバウォックに盗られたから」なのだと。
血のつながらない親と子がほんとうのところ自分たちの関係をどのように捉えているのか。いや、たとえ実の親子であろうと、当事者でない私には知りようがないし、おそらくそれぞれの親子でも意見が違うのではないだろうか。それでも、愛と楓/楓と冬明の間には確かに相手を思いやる心が存在するに違いないということは、全編を通じて読者の心を温める要素だった。結局のところ、血縁関係があろうがなかろうが、いろんな家族の形があっていい。
心に染みる家族小説である一方で、本書は謎に満ちたミステリーあるいはファンタジー小説のような側面も持つ。「ジャバウォック」とはいったいどんな存在なのか。楓の初恋の少女・アリス(有住)の失われた名前は何なのか。数々の謎が登場する異世界めいた雰囲気を備えつつ、SNSの怖さが詳細に描かれるのは非常に現代的でもある。多面的な小説である本書は、物事はひとつの視点から見るだけでは理解しきれないということの象徴でもあるような気がした。ジャバウォックによって失われたものを取り戻せたかどうかは、ぜひお読みになって確かめていただきたい。
著者の作品では、真っ先に『いなくなれ、群青』(新潮文庫nex)をはじめとする「階段島」シリーズを思い浮かべる読者も多いだろう。私もそう、初めて読んだ河野作品が『いなくなれ~』だったから。そして今、本書を読み終えてやっぱり驚いている。こんな風に細やかに家族というものを描かれる作家というイメージを持っていなかったから。自分のアップデートが追いついていなかったことを恥じるとともに、家族というものと向き合おうとするすべての方々に本書をおすすめしたい。
私たちって気が遠くなるほど多くの価値観や情報や主張に取り巻かれているんだなと思う。ときどきはそんな世の中を嫌悪することもある。だけど、完全にマイナス要素のみで成り立っているものだとしたら、もっと早く人生に見切りをつけているだろう。私たちが生きているのは、「悲しいだけの世界じゃない」。傷ついて打ちのめされて、それでも進んでいこうとする主人公たちは、私たち自身の姿でもある。
(松井ゆかり)
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