完全自動運転をめぐるノンストップスリラー
第九回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作。惜しくも大賞は逃したものの、選考委員からは「テーマも物語も端正で社会的な問題提起もあって文句のつけどころがない」(東浩紀)、「よくできた刑事物の二時間ドラマを思わせる抜群の完成度」(神林長平)と好意的な評価を受けた作品だ。
舞台となるのは近未来の東京。最新の自動運転アルゴリズムを搭載した八人乗りの車両が、首都高速を暴走しはじめる。車両には安全のために通信モジュールが備わっているのだが、容易には解除できないはずのその機能が切断されている。車両の持ち主は、坂本義晴。ほかならぬ自動運転アルゴリズムを開発したベンチャー企業、サイモン・テクノロジーズ社の代表である。何者かが車両ごと坂本を拉致したのだ。犯人は車両に同乗しており、動画配信を通じて世間にある要求をつきつけてくる。
走行中の車両には、うかつに手出しはできない。強力な爆弾がセットされており、以下の三条件のひとつにでも合致すると爆発するからだ。
(1)他の車両が半径二メートル以内に近づいた場合。
(2)この車両のスピードが時速九十キロを継続的に下回った場合。
(3)配信している動画が停止された場合(爆弾はインターネットのアクティビティを監視している)。
警視庁サイバー対策課は総がかりで犯人の割り出しと事態の打開に取りかかるが、それとは別に、ただひとりの別働隊が独自の捜査をはじめる。安藤太一警部補、ITも機械もからきしだが、勘の良さと行動力では定評のあるベテランだ。そして、行きがかりで安藤に協力することになったのは、インターネット関連サービス超大手企業傘下の動画共有サイトの日本地域担当、岸田マリである。
とにかく物語のドライブ感が圧倒的。爆弾による脅迫というシチュエーションのなか、事態収拾にむけて謎を追う安藤・岸田のタッグの活躍があり、またいっぽうで、拉致された坂本と犯人(「ムカッラフ」を名乗っている)とのあいだでも、被害者・加害者の関係とは別に、自動運転アルゴリズムに隠された真相をめぐって奇妙な連携が育っていく。
技術的ディテールがキメ細かく練りあげられているのは、作者が現役のソフトウェア・エンジニアだからこそ。新しいテクノロジーの登場による影響もアクチャルに、それこそ現代社会にわだかまっている差別・格差・企業犯罪に直結する問題として描かれている。
(牧眞司)
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