思いもよらない場所へ運ばれる〜マーニー・ジョレンビー『ばいばい、バッグレディ』

思いもよらない場所へ運ばれる〜マーニー・ジョレンビー『ばいばい、バッグレディ』

 最後まで読み終えて、もう一度著者のプロフィールを確認した。やっぱりアメリカ人と書いてある。ジェーン・スーさんみたいに、筆名だけ外国人風というわけでもない。マーニー・ジョレンビーさんが書かれたものだけど、翻訳小説でもない。

 と、本書でまず話題になるのは、”アメリカ人である著者がすべて日本語で書き上げた”という部分になるであろう。が、内容そのものにも十分すぎるほど意表を突かれた。なんといっても、その不思議な読み心地である。ファンタジーといえばファンタジーだし、ミステリー風味もあるし、家族小説の側面も大きいのだけれど、これまで読んだ本で似ているものがぱっと思い浮かばない。

 主人公の相川あけびは高校2年生。あけびは名前が特徴的な者同士、アムールという愛称の会田愛由(読みは「あいだらぶゆ」)と友だちである。アムールは美術の才能にあふれているのだが、ひとりで美術部に入るのは心細いということで、あけびと一緒に書道部に所属している。あけび自身は小1から書道教室に通い、さまざまな展覧会で受賞してきた実力派。書道の甲子園と呼ばれる国際高校生選抜書展に向けて、練習を重ねる毎日だ。

 一方、家庭においては、売れないエッセイを書く父とふたり暮らし。「六甲山の麓にある高級住宅街の豪華な」「神戸港が展望できる高層マンション」に住んでいる。エッセイが売れていないのにそのような部屋に住めるのはなぜか。台湾で活動する人気女優の母が、高額な仕送りをしてくるからだ。だまされやすい性格の父が、何度詐欺に遭ってもリカバーできるほどに。ある日、父は”勝手に住み着いていたスナックのトイレの天井裏から落下した”ことが新聞記事になった怪しげな老女を、家に住まわせると宣言する。当然あけびは猛反対。しかしいつもは優しい父であるにもかかわらず、この件に関しては決して自分の意見を曲げることなく、3人での共同生活がスタートしてしまう。

 父によれば、バッグレディは昔の大恩のある人物なのだという。しかし、彼女を頭から詐欺師と決めてかかっているあけびは、なんとかして尻尾をつかもうと躍起になる(老女・フさんの清潔とは言い難い髪とセーターも気に入らない。薄紫色のあけびの実と同じだからだ)。しかし、部屋と部屋の間の移動中・外出中・トイレ中などもすべて、片時もバッグ類を手元から離さないバッグレディになかなか有効な対抗策を見出せないあけび。完全にペースを乱され、国際高校生選抜書展でも不本意な結果に終わったりも。父とフさんが共有しているらしい秘密を探るため、ある夜彼女の寝室に忍び込んだあけびは、そこで予想もしていなかったものを目にすることに…。

 バッグレディの正体、というか、バッグレディがいつも首に巻いているストールが何であるか。それを知ったとき、また、あけびが自分の弟のように心にかけているアサヒが何者であるかがわかったとき、この小説が抱える複雑さを思い知らされた。単にふわふわしたおとぎ話的な物語かと思いきや、本書は読者を思いもよらなかった場所へ運んでいく。自分がこの世に生まれてきた意味にまで思いを馳せてしまう作品だった。

 そう考えれば本書には奇妙な普遍性があり、どこの国の作者が書いたと言われても納得してしまうような無国籍感めいた空気が、”不思議な読み心地”につながっているように思う。そうはいっても、日本語が母国語でない作家が、これほどの作品を生み出せたのはやはり驚きとしか言いようがない(「これはあまり日本人家庭っぽくないかも…」と思ったのは、父があけびの頭にキスをするシーンくらいか。最近ではこういった親子の風景も珍しくないのかもしれないが)。個人的に最も印象的だったのは、「故人が書いた哲学だけが心の支え」とまで言うだけあって、あけびがほんとうに中国の故事や漢詩への造詣が深いことだ。どこにいるの、そんな諸葛孔明みたいなマインドを持った女子高生。日本人はもとより、本場中国人でさえそこまでの重みを持って受け止めているのだろうかと思われる漢文の持つ意味を、本文中で要所要所にちりばめてみせるジョレンビーさん。書店でどの棚に置くかは迷うところであろうけれど、この本はビシッと「日本文学」のコーナーに置いていいのではないでしょうか!

(松井ゆかり)

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