語りの妙が堪能できる十七篇

語りの妙が堪能できる十七篇

 ユーモア小説『ボートの三人男』があまりに有名なイギリス作家、ジェローム・K・ジェロームの怪奇幻想短篇集。十七篇が収録されている。

 巻頭に置かれた「食後の夜話」で度肝を抜かれた。なんですかこれは!

 いっけんすると、常套的なクリスマス・イヴの幽霊話である。イギリスにおいて怪談は冬の夜長の楽しみであり、雑誌もこの時期にこぞって怪奇小説を掲載した。そして、この作品「食後の夜話」に書かれているように、クリスマス・イヴの集まりで参加者が手持ちの怪異譚を披露するというシチュエーションも、見慣れた光景である。

 そのうえご丁寧に、パーティがおこなわれている当の邸宅(語り手の伯父の家)が、いわくつきの幽霊屋敷なのだ。さらに念が入ったことに、語り手は物語本篇に入る前に、クリスマス・イヴに語られる幽霊話の一般的な展開について長口上をぶっている。

 物語本篇は枠物語になっている。「幽霊が出る屋敷で過ごすクリスマス・イヴの夜」が枠組で、その内に「その場で参加者が披露する複数の怪奇譚」が収まるかたち。つまり、「怪談のなかで語られる怪談」という入れ子構造だ。パーティの夜に屋敷に残ったのは僕(語り手)、伯父、ドクター、議員である。

 特徴的なのは、彼らが話す怪奇譚のなかには、話としてのまとまりに欠けている、まったく要点のつかめぬものが混じっていることだ。

 たとえば、「もっとも怖くて恐ろしい話」というふれこみだけで、内容は未完成で「話の中ほどで何をしたのかさっぱり判らなかった」ですませてしまうものがあるかと思えば、「話の筋が無数にあって、小説十篇くらい作れるほどの挿話がある」と言いながら、「どこから始まってどこで終わったのか決められないから、それをそっくり再現することはできない」と投げっぱなしにされるものもある。

 こういう語りかたは小説としていささか破格だが、それがかえって面白い。ジェローム・K・ジェロームだからこその妙味である。

 枠組になっている物語――つまり僕が進行形で体験しつつある、伯父の屋敷に住みついている幽霊の出現――でも、当の幽霊が自分の身の上話をはじめる。ここにも入れ子構造があるわけだ。

 さて、問題はこの作品全体の語り手である僕だ。いっけん克明な報告をしているように思えるのだが、なかなかどうして”信頼できない語り手”なのだ。ただし、その”信頼できない”がどのレベルなのか、その解釈によって、この小説の様相が変わってくる。

 つまり、僕は幽霊に眩惑されて図らずも”信頼できない語り手”となったのか(これはいちばん素直な解釈)、それとも作品がはじまったときから意図があって”信頼できない語り手”を演じているのか(これはちょっと穿った解釈)。後者だとするとたいへん人を食ったユーモア小説なのだが、判断は読者諸氏にお任せしたい。

“信頼できない語り手”という点では「人影(シルエット)」も同じだが、こちらの作品は、あきらかに語り手本人が見当識を失っている。陰鬱に延びる荒涼とした海岸の情景からはじまり、夢幻をさまようがごとき独特な雰囲気が立ちこめていく一篇。

 そのほか印象に残った収録作品は、謎めいた猫が芸術家を導く「ディック・ダンカーマンの猫」、エキゾチックな匂いの残酷物語「蛇」、散歩でたまたま行きあたった幻の館で淡い悲恋がはじまる「二本杉の館」、など。

(牧眞司)

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