日本SFにおけるマジックリアリズムの俊才

日本SFにおけるマジックリアリズムの俊才

 中井紀夫傑作選。なんとも嬉しい企画である。

 日本の小説にはマジックリアリズムの精神が綿々とあって、70年代後期の筒井康隆作品でラテンアメリカ文学と交叉し、それを受けつぐ才能として中井紀夫が80年代に活躍をはじめた。ひとつの現実のなかに法螺話めいた神話性とユーモラスな生活感覚が混然となった作品は、SF読者の注目を集めた。

 この傑作選の表題作「山の上の交響楽」は、1988年度の星雲賞短編部門を受賞している。まず、演奏に数千年かかる音楽という設定がインパクト絶大だ。古代ギリシアの哲学者は音楽を天の秩序と見なしたが、この作品の交響楽はまさに宇宙をそのまま体現しようという営為だろう。ボルヘスの短篇「学問の厳密さについて」を髣髴とさせる。完璧な地図を追究するとしまいには縮尺1/1へ至り、現実そのものと重なってしまう寓話だ。

「山の上の交響楽」では原本のスコア→パート写譜→演奏という過程があり、これによって地図の精緻化に時間の次元が加わる。一方にあるのが演奏の一回性という哲学的テーマであり、もう一方にあるのが必要なマンパワーの確保や段取りなど形而下的な事情だ。この両方にまたがって物語が進行するのが、中井紀夫の持ち味である。

 同じ時期に発表された「見果てぬ風」にも、地上的営為が宇宙全体へ重なっていく感覚が見られる。二つの長大な壁に挟まれた世界に生まれた主人公は、壁が途切れる場所、すなわち世界の果てを目ざして歩きつづける。彼にとって歩くことは人生そのものなのだ。「壁に囲まれた世界」というモチーフのSFはシオドア・R・コグスウェル「壁の中」が有名だが、中井作品は閉鎖空間が”開いていく”過程をみごとにイメージ化している。これもまた時間の次元であり、物語のなかでは延々とつづく旅として展開される。

「花のなかであたしを殺して」は、枠物語の形式(語り手はある惑星に長期滞在している人類学者)で小さな奇想エピソードをいくつも連ねる。組みこまれたエピソードがゆるやかに枠組の物語にリンクしていく加減がじつに上手い。1990年に〈SFマガジン〉に発表され、これまで単行本未収録だった作品だが、この作者の代表作のひとつといって良かろう。

 そのほか、外界と時間進行が異なるバスを扱ったアイデアストーリー「暴走バス」、不気味な都市伝説「例の席」など、全十一篇。編者である伴名練さんによる行き届いた解説も嬉しい。

(牧眞司)

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