崩壊国家内の平和国家・ソマリランドは”地上のラピュタ”か? それとも”リアル『北斗の拳』”か?

崩壊国家内の平和国家・ソマリランドは”地上のラピュタ”か? それとも”リアル『北斗の拳』”か?

 アフリカ大陸東北部に位置するソマリア連邦共和国。国内は無数の武装勢力に埋め尽くされており、一部では荒廃した近未来を舞台にした漫画になぞらえ”リアル『北斗の拳』”とさえ呼ばれているらしい(ちなみに海は海賊が跋扈(ばっこ)する”リアル『ONE PIECE』”状態)。

 そんな崩壊国家の一角に、ソマリランドという国が存在することをご存知だろうか? 国際社会ではまったく認められていないため、”国”という表現が正しいかどうかも怪しい。

 怪しいといえば、ソマリランドは”リアル『北斗の拳』”の中で十数年も平和を維持しているという。ライオンやトラが咆哮する真ん中で、ウサギが独自の仲良し国家を作っているような状態というわけだ。まるでファンタジーやおとぎ話のような国家が現実世界に実在するとは、にわかに信じがたい。

 しかし、ノンフィクション作家・高野秀行がソマリランドの存在を証明してくれた。彼が実際に現地を訪れて執筆したルポルタージュが、今回紹介する『謎の独立国家ソマリランド そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア』。高野も実際に現地へ足を運ぶまではソマリランドを下記のように表現している。

「一体ソマリランドとは何か。ファンタジックなラピュタか、それともウサギの皮をかぶったライオンか」(本書より)

 ソマリランドの実態を掴めぬまま飛行機に乗り込んだ高野は、一体ソマリランドで何を見てきたのだろうか。

 ソマリランドが”リアル『北斗の拳』”において和平を成し遂げることができた要因を探る同書では、数ある”理由”が登場。なかでも納得感があったのは、”氏族”の制度に関するエピソードだ。

 ソマリランドはかつて、「氏族」の単位で内戦をおこなっていた。氏族とは日本でいう「源氏」や「平氏」、「北条氏」、「武田氏」のようなもので、ソマリ人・ワイヤッブさんによると「初めて会った人間にはまずどこの氏族か訊く」らしい。

 ちなみに氏族の中でもさらに多数の分家に分かれており、たとえばワイヤッブさんの氏族は、「『イサック氏族』の『ハバル・アワル分家』の中の『サアド・ムセ分分家』の中の『イサック・サアド分分分家』の中の……」と目眩がするほど細かい。

 この氏族制度がソマリランドの”平和”にどのように関わるのか。高野は以下のように説明している。

「私たち日本人が重要犯罪で指名手配されたら、出身地、親族、職場のつながりなどでほとんどが捕まるように、ソマリランドでも、掟を破ったら氏族の網を通じて必ず捕まるのである。
つまり、氏族間で抗争がないかぎり、治安はとてもよく保たれる仕組みができている」(本書より)

 ソマリランドが”奇跡の平和国家”と呼ばれる所以には、”氏族の網”が大きく関わっていた。しかしこの理屈でいくと、万が一氏族間でトラブルが発生した場合、治安が悪化してしまう。

 そこで”精算”の話が出てくる。ソマリランドには独自の精算方法「ヘサーブ」が存在し、同制度のおかげでソマリランドは奇跡的に平和を手にしたと言っても過言ではない。

 ヘサーブにおいて重要な要素が”数”。例えば人が1人殺された場合、殺した側はラクダ100頭を被害者遺族に差し出して償う(数の基準は伝統的な掟”ヘール”に依る)。

 この「ヘサーブ」によってソマリランドは和平を達成した。当時の首相が長老を集めてヘサーブを執りおこない、それまでの内戦被害をすべて”精算”したというのだ。

 一見ファンタジーのような話だが、実際ソマリランドはやってのけた。ソマリランド人がここまでして平和を守ってきた動機について、高野は”国際社会に認められたいから”だと考えている。彼は国際社会(もしくは国連)を「高級な会員制クラブ」に例え、入会を許されないソマリランドは愚直に背伸びを続けていると語っていた。

 良くも悪くも「高級な会員制クラブ」の存在があったからこそ、和平を成し遂げたソマリランド。けっきょくソマリランドはファンタジックなラピュタではなく、国際社会での承認を求める1つの”国家”であった。

 正式な国家と言えるかどうかはさておき、同国が経てきた特異な和平プロセスには目を見張るものがある。内戦が続くソマリアの報道に心を傷めてきた身としては、まるでファンタジーのような平和国家が実在していたことが純粋に嬉しくてならない。

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