「空家スイーツ」でニュータウンを盛り上げたい! 埼玉の高齢化NO1の街に新土産
高度経済成長期、都市近郊に多数造成され、数多の家族が思い出を築いた「ニュータウン」。巣立った子どもたちは戻ってこず、近年では「高齢化」「過疎化」「限界集落」など、ネガティブな文脈で語られることが多くなっています。そんな流れを打破するような動きが、埼玉県の鳩山ニュータウンで起きています。今回は担い手となっている生活芸術家でアーティスト・レトロ系YouTuberの菅沼朋香さんと焼き菓子作家の山本蓮理さん、彼女たちを支える人々の話をご紹介します。
高齢化と過疎化が進むニュータウンに新名物「空家スイーツ」
池袋駅から電車で1時間弱、高坂駅からバスで15分ほどの場所にある「鳩山ニュータウン」は、1区画60坪程度、ゆったりとした街並みが保たれた美しい街です。昭和40年代から平成にかけて開発され、埼玉県を代表するニュータウンのひとつと言われていますが、近年の都心回帰現象によって、「高齢化・過疎化・空き家の増加」といった課題が山積しています。
電柱なども埋設され、空を広く感じる「鳩山ニュータウン」(撮影/片山貴博)
メインストリートには商店なども立ち並びますが、シャッターも多く、ものさびしい印象を受けます(撮影/片山貴博)
筆者は昭和52年生まれ、横浜のはずれの分譲住宅地で育っているだけに、空は広くて大きな歩道があって、街路樹が並ぶ様子を見ると「初めてだけど、懐かしいなあ」という思いがこみ上げます。
今、この「鳩山ニュータウン」でつくられ、一躍、脚光を集めているのが「空家スイーツ」です。ニュータウンの民家の庭に植えられたはっさくやゆず、金柑など、さまざまな果樹の実をジャムにし、ロシアケーキの材料として、「空家スイーツ」と名付けて商品化、発売したところ、大注目となっているのです。
ニュータウンで採れた果実のジャムを型抜きしたクッキーに入れ、オーブンで焼いて「ロシアケーキ」に。生地には鳩山町の地粉を使っている。超地産地消!(撮影/片山貴博)
空き家や民家の庭で実ったフルーツをジャムにして、クッキーの型に置いていきます(撮影/片山貴博)
ニュータウン土産として商品化した「空家スイーツ」。レトロなパッケージ&リボンがかわいい!(撮影/片山貴博)
ニュータウンの印象は「息苦しい」「近未来」。住んだ実感は?!
この空家スイーツを生み出したのは、生活芸術家でアーティスト・レトロ系YouTuberの菅沼朋香さんと焼き菓子作家の山本蓮理さんという2人の女性です。もともとまったく鳩山ニュータウンには縁がなかったものの、2016年、鳩山町のまちおこし拠点である「鳩山町コミュニティ・マルシェ」の立ち上げメンバーとして携わることになったのが、すべてのはじまりだといいます。
左から、菅沼朋香さん、山本蓮理さん(撮影/片山貴博)
もともと、愛知県出身で名古屋近郊のニュータウン育ちの菅沼さんは、ニュータウンそのものに対し「画一的でどこか息苦しい」とあまり良い印象を持っていませんでした。一方、山口県出身の山本さんは、「地方にある町や村の区画とも違うし、東京の大都会とも違う。まっすぐの道路、区画……。見たことのない風景で、近未来!って思いました」。近未来! そういえばアニメや映画など、昭和に描かれた近未来の風景とニュータウンの風景って、近しいかもしれません。
ただ、コミュニティ・マルシェで働き鳩山ニュータウンの一戸建てで実際に暮らすようになった菅沼さんは、アーティストとして町を観察したことで、あらためて良さが再発見できたといいます。
「引越してきた当初、庭付き一戸建ては大きくて持てあますと思っていたんですが、実際に暮らしてみると庭の草木の手入れだって季節を感じられて楽しい。ニュータウンって空も広いし、緑も豊かで心地よいんです。私は1980年代生まれなんですが、物心ついてからずっと不況で、大学卒業がリーマン・ショックと、高度経済成長を知らない世代なんです。かつて、こんなに豊かな暮らしがあったんだなあって。今、見落としていただけで、緑や夢などがつまった暮らしがあることに気が付きました」とその良さに気が付いたそう。それをさっそく歌にして、レコーディングしたというからさすがアーティストです。
一方で、周辺にお店がないことに気がついた菅沼さん、2017年に鳩山町に中古の一戸建てを借り、2019年に購入、1階部分をセルフリノベーションし「ニュー喫茶 幻」をつくることを企画。資金はクラウドファンディングで募り、2019年2月にオープンさせました。ここまでの発想と行動力、ただただ脱帽です。
一戸建てを改装して、住まいのその一角を「ニュー喫茶 幻」に(撮影/片山貴博)
不思議と落ち着く空間で、お酒が飲みたくなります。名物は「宇宙コーヒー」です(撮影/片山貴博)
2人の女性と町の人の架け橋になったのは、地元のサポーター
とはいえ、若い2人の女性の活動は、高齢化が進む鳩山ニュータウンでは、異質の存在だったようです。
「20から30代女性って、この町に一番いない層なんです。だから若い2人で何かしようとすると、目立ってしまう。はじめは、遠巻きに見られている印象でした」と振り返ります。
ただ、試行錯誤するなかで、2人ががんばっている様子が徐々に受け入れられるようになったといいます。
「スーパーに行くと、驚くほどたくさん人がいて、暮らしているんだなって思ったんです。ただ、遊んだり、息抜きする場所がないから、ガランとしてしまう。他にも、イベントで昭和歌謡ライブをしたときはすごく盛り上がったことがあって、やっぱり年代問わず外で遊べる場所を求めていたことに気がついたんですよ」と山本さんが話します。
確かにニュータウンは名前の通り、ベッドタウン、つまり、眠る&子育ての機能面を重視されて造成されているため、大人が食事をしたり、遊んだり楽しめる場所は少ないもの。今でいう「多様性」が欠けていたことに気がついたといいます。
また、「ニュー喫茶幻」を通じて、近隣住民との架け橋になってくれる存在が生まれました。菅沼さんが鳩山ニュータウンに引越してきたあとに、移住してきた江幡正士(まさお)さん(70代男性)です。
「2人の取り組みを見ていて、これは面白いかもしれないって。できることをはじめてみようと思いました」(江幡さん)と、応援することを決めたそう。2020年に「空家スイーツ」の話が持ち上がると、果樹のある家を見つけては声をかけ、収穫させてもらったといいます。やはり「楽しく」「おもしろく」取り組んでいると、人は自然と集まってくるのかもしれません。
江幡さんの家の隣家に住むおじいちゃん(90代)の庭に生った梅の実。時期がきたら収穫して梅ジャム→「空家スイーツ」に変身(撮影/片山貴博)
(撮影/片山貴博)
おじいちゃんがお庭の手入れが難しくなったため今は少し寂しくなってしまいましたが、かつては藤の花なども咲き誇る見事なものでした(撮影/片山貴博)
シェアハウスにシェアアトリエ…、若い人が呼び合うように!
「まち起こしのきっかけとしてコミュニティ・マルシェができ、2020年には空き家を活用した『国際学生シェアハウスはとやまハウス』で町内に学生が暮らすようになりました。また、はとやまハウスの卒業生が中心となって、2021年4月に「シェアアトリエniu(ニュウ)」が誕生しました。おもしろいことをしていると、人が人を呼び合っている感じです」と菅沼さん。
「はとやまハウス」(写真撮影/永井杏奈)
ちなみに「はとやまハウス」住人の学生さんは『鳩山町コミュニティ・マルシェ』で月32時間働けば家賃が無料になる仕組みで、仕事の一貫として『空家スイーツ』の作成を手伝ってくれることも。町は関係人口が増えるし、学生は家賃が抑えられると双方にメリットのある施策ですね。
シェアアトリエniuは、東京藝術大学の大学院を卒業した人、在籍する院生などが活動の拠点にしています。アートや建築、デザインに携わる若い世代が移住しつつ、1階で展覧会やワークショップを企画/開催する予定だとか。
「シェアアトリエniu」(撮影/片山貴博)
庭付きの一戸建てをシェアアトリエに。花岡美優さん(写真)を含めた3人が活動の拠点にしている。花岡さんは日本画・現代アートを専攻する(撮影/片山貴博)
はじめは菅沼さんや山本さんなど数名だった鳩山ニュータウンの活性化の試みですが、今、新しい波として広がっている印象です。
「今まで、コミュニティ・マルシェ、ニュー喫茶幻、空家スイーツ、シェアハウスと毎年、さまざまな動きをしているのですが、今後は自分が前に出ていくというよりも、今、集まってきている人を応援するスタンスになると思います。あと、アーティストとして、『世界中のレトロ可愛い』を見たり、集めたりしたいな」と菅沼さん。
豊かさは金銭だけではなく、心、時間、人とのつながりなど、さまざまなことを通して実感できるものなのでしょう。高度経済成長期は戻ってきませんが、若い世代を魅了する「ニュータウン」が持っている豊かさや可能性は、今後、もう一度、評価される気がします。
●取材協力
空家スイーツ
シェアアトリエniu
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