大好きすぎて移住した! 『水曜どうでしょう』の札幌、ふなっしーの船橋へ
「○○が好きすぎて、○○のそばに引越したい」。そう考えたことがある人は少なくないだろう。ただ、家賃や職場へのアクセスなどさまざまな条件との兼ね合いで諦めた、という人も多いはず。しかし、実際にそれをやってのけた方はどのように引越して、どんな生活を送っているのか?
今回は、好きすぎて「好きなものがある街へ引越した、移住してしまった」人たちに、お話を伺った。
水曜どうでしょう&TEAM NACS好きで北海道へ移住
「水曜どうでしょう」や、出演する大泉洋を擁する演劇集団・TEAM NACSが大好きなあまりに、北海道へ引越してしまった夫婦がいる。竹岡和行さんと、竹岡紗希さんだ。
大泉洋らTEAM NACSが所属する事務所、CREATIVE OFFICE CUEが行うイベントのTシャツ(写真撮影/竹岡紗希さん)
関西で生まれ育った2人は、京都建築大学校で知り合った。紗希さんが学校で北海道旅行のおみやげをついでに渡したのがきっかけだ。
「どうでしょうに出てきた『四国八十八箇所』の話になったとき、『水曜どうでしょう知ってる?』って聞かれて。人からそう聞かれたのが初めてだったので。そこから話すようになりました」
いま2人が住む部屋にある多数のグッズ(写真撮影/竹岡紗希さん)
当時から紗希さんは水曜どうでしょうのDVDを全部持っている大ファンで、和行さんは「普通に好きで見たことがある」程度だったが、DVDの貸し借りから仲は深まった。
「(大泉洋らが出演する)『おにぎりあたためますか』も京都で放送していたので、彼らが行った全国のお店へ、2人で一緒に食べに行っていました」
(画像提供/竹岡紗希さん)
紗希さんは専門学校時にも移住を考え、就活で札幌へ4度行ったが、内定をもらえずに関西で就職。国家資格である一級建築士を取ったことと、会社の業績悪化が重なり、入社4年目ごろには移住を本格的に考えた。
「つらい事があった時に、大泉洋さんの主演映画『しあわせのパン』を久しぶりに観たんです。そこで東京から洞爺湖に引越してパン屋を始めた夫婦の『好きな暮らしがしたいって思ったんです。好きな場所で。好きな人と。』ってセリフがあって。その言葉が移住の決め手ですかね」
移住後に訪れた洞爺湖の姿(画像提供/竹岡紗希さん)
紗希さんとともに彼らのファンになっていった和行さん。だいぶ前から一緒に移住する話をしていた。
「僕も水曜どうでしょうを見て、北海道に行きたい気持ちもありました」
お手製のマグカップ(写真撮影/竹岡紗希さん)
もっと近くで彼らを追える生活
2人は北海道への引越しを決意。土日祝日にイベントへ行くための時間を確保できる仕事を探したが、大阪時代と同じ住宅業界への就職は厳しく、ビルなどを手掛ける設計事務所へ移った。
同じ理由で、和行さんは公務員として事務の仕事に勤めた。
場所は大泉洋たちが学生時代に住みイベントにも行きやすい札幌だった。
水曜どうでしょうの”ミスター”こと鈴井貴之の冠番組『ドラバラ鈴井の巣(HTB)』に札幌の白石区を守るヒーローがいたことから、白石区へ(写真撮影/竹岡紗希さん)
2018年の2月に内定をもらって、ちょうど予定していた北海道旅行の時間を現地での不動産探しに充てた。
「雪道に慣れない人は駅から5分以内がいいそうですが、条件面で難しくて、最終的には7分以内で探してもらいました」
まさに駅から7分ぐらいほどの2DKのマンションに決定。家賃は管理費込みで7万6000円で、寝室はもはやグッズ置き場になった。
当時の家のリビングダイニングで、この入居前の画像が唯一の写真。なお1室まるごとをグッズ部屋にしていた(写真撮影/竹岡紗希さん)
北海道に移住したのは2018年4月下旬。そこからチェックできるテレビ・ラジオ番組が増えた。特にTEAM NACSが全員出演する『ハナタレナックス』が毎週見られるほか、水曜どうでしょうの新作もいち早く見られる。
夜の放送はできるだけ早く帰って見るが、難しい場合でも1週間全チャンネルを録画するレコーダーとSNSを駆使して、スポット出演ですら見逃さないようにする。
森崎博之のジャンジャンジャンプ!(HBC北海道放送)の収録風景(写真撮影/竹岡紗希さん)
大泉洋主演でオール北海道ロケの映画『こんな夜更けにバナナかよ』や、TEAM NACSが出演するドラマ『チャンネルはそのまま!(HTB)』のエキストラに参加するなど、彼らと一緒に楽しめる場も広がった。
大泉洋主演映画「こんな夜更けにバナナかよ」を見に来た際の写真(写真撮影/竹岡紗希さん)
ちなみに、地元の北海道民に水曜どうでしょうや大泉洋らはどう受け止められているのか。
「同世代だと、『”水曜どうでしょう”ってタイトルは聞くけど、内容は知らない』って人が割といて。本当にリアルタイムだったのは40代以上の方なんです」
確かに今でも再放送が全国のUHF系列局で流れるから気づきにくいが、最盛期はレギュラー放送のあった1996~2002年だ。
「40代以上の人にとっては、大泉さんたちは親戚みたいな存在です。でも番組ファンにはおなじみの車やバイクの水曜どうでしょうステッカーは道外より見なくて、『ファンですアピール』は少ない。でも水曜どうでしょうの新作の占拠率(テレビをつけている人の中で、どれだけの人を集めているかという数字)は50%を超えてまでいるし、やっぱり道民に愛されていると思いますね」
(写真撮影/竹岡紗希さん)
「TEAM NACSは森崎リーダー以外はたぶん東京の方に住んでいるので、彼らの活動を『追いかけるなら東京じゃない?』っていう人もいるんですけど、やっぱり彼らのホームは北海道だと思うので。どれだけ東京の方で忙しくなっても、収録のたびに帰ってきてまでレギュラー番組を続けていますから」
雪まつりで、HTBの旧社屋をつくった
2019年2月にはさっぽろ雪まつりで、水曜どうでしょうでもおなじみだったHTBの旧社屋の雪像をつくった。建築の技術を活かしてCADで図面を書き、短い製作時間の中で2人だけでつくり上げた。
実質3日でつくり上げた、水曜どうでしょうの聖地(写真撮影/竹岡紗希さん)
「本来は横長の建物ですけど、雪像は2×2×2メートルって決められているので、それでもHTBに見えるように工夫しました」
後ろの通用口は、水曜どうでしょうで企画発表などをやる、ある種の“聖地”なので丁寧につくり、ロケ車も置いた。
(写真撮影/竹岡紗希さん)
「気付く人は、『うわ、こんな所までつくってる』って思ってくれました」
それをHTBの記者が見つけて、夕方の情報番組で取り上げられた。TwitterではHTBのマスコットキャラクターonちゃんのアカウントも引用リツイートしてくれた。
大泉さんと同じところで、結婚式を挙げたい
いま大泉洋が披露宴をしたと公表する式場で、式を挙げようと準備をしている。披露宴をおこなったのは2010年8月29日。ふとその10年後である2020年の8月29日を調べると、土曜日で大安だった。
「運命だと思って決めました」
コロナ禍で延期になったが、新たな式の日付も来年の8月29日にしている。
(写真撮影/竹岡紗希さん)
現在は、水曜どうでしょうでも行われた「カントリーサインの旅」を決行中だ。
こういった市町村の境界線にあるカントリーサインで記念撮影していく旅(写真撮影/BATACHAN)
「さすがにどうでしょうみたいに、カードの出た順にまわるのは厳しいので(笑)、並んだ自治体を効率よくまわっています。3~4連休を使ってレンタカーで走りますね」
今は179市町村中の175を制覇し、奥尻町、礼文町と利尻町、利尻富士町の離島の自治体4つを行けばクリアだ。
住んで3年目の北海道。どう思っているのか。
「北海道で最初にびっくりしたのは、水道水がすごく美味しいんです。地域によって全然特産品が違うし、美味しいものが多すぎます」
スープカレーのマジックスパイス、ラマイ、ジンギスカンの成吉思汗 なまらなど、庶民的で通いやすいTEAM NACSゆかりのお店にもよく行く。
TEAM NACSのメンバーが大学時代から通い続ける、カリー軒(写真撮影/竹岡紗希さん)
紗希さんに聞く。彼らを追って北海道に来て、今どう思いますか?
「日々充実して、移住して良かったと思います。住んでいると、たぶん悪いところも見えてくると思うんですけど、それを含めてもっと北海道を知っていきたい」
もし大泉洋さんやTEAM NACSに、今メッセージを送るとしたら。
「もうTEAM NACSと出会っていない人生が想像できない。人生楽しませてもらって感謝ですね」(紗希さん)
「嫁と一緒に来てすごく楽しいですし、見れば見るほどハマらせていただいています。NACSメンバーに言いたいのは……結婚式に来てください!(笑)」(和行さん)
2020年の雪まつりでつくった、「チャンネルはそのまま!」の主人公・雪丸花子の雪像と(写真撮影/竹岡紗希さん)
ふなっしーが大好きで、船橋へ引越し。
ふなっしーが好きなあまりに、船橋への引越しを決めたのがりささん(@funafunarin)。長野から上京し、南砂町(東京都江東区)で過ごした後に船橋へ引越した。
イベントで記念撮影(写真撮影/りさ)
それほどまでに、ふなっしーが好きになったのはなぜか。
「最初は『何だこれは』って思ったんですけど(笑)、どんどんかわいく見えてきたのと、一生懸命で人を笑顔にしたいエネルギーであふれているし、知れば知るほどすごく尊敬できるキャラだと思いました」
「船橋発、日本を元気に!」をテーマに、一生懸命に体を張ってアピールしつつ楽しませて、実は船橋の地域貢献につながるキャラ使用には版権料をもらわず、被災地には多額の寄付などもひそかに行うふなっしー。そんな彼の活動の源である船橋へ住みたい気持ちは日ごとに高まった。
だからこそ最初は船橋駅近くを希望していたが、予算オーバーでかなわず、津田沼駅から徒歩圏内の「ギリギリ船橋市」の地域に決めた。
(画像提供/りさ)
「船橋市に必ず住みたい」。その思いが伝わったか、不動産会社は一生懸命にピッタリの部屋を探してくれた。1カ月ほどそうした末に見つかったのは、1Kで4万5000円のアパート。新京成線の線路沿いで、電車の走行音がする分安かった。
部屋は6畳、ロフト部分が別に3畳ある部屋だった。ロフトがある部屋にしたのは、ちょっとしたふなっしー部屋をつくるためだ。
たくさんのふなっしーで彩られたロフトの一角(写真撮影/りさ)
「引越してから、ふなっしーを身近に感じられることがすごく増えました。転入届を出しに船橋市役所へ行ったら、地元のこどもたちがつくったふなっしー人形があったし、道行く人のかばんにもふなっしーのキーホルダーが付いていて」
ふなっしーが船橋の魅力を教えてくれた
船橋に溶け込めたのも、ふなっしーがきっかけだった。
「船橋にずっとお住まいの“梨友”(ふなっしーファンの愛称)の方と友だちになれて、地元ならではのお話を聞かせていただいたり、市民祭りへ一緒に参加してくれたり。とてもうれしかったです」
船橋のお店も、ふなっしーの景品がもらえるスタンプラリーなどが目当てで行ったおかげで、たくさんのお気に入りができた。
「ひとりなら絶対に入らなかったお店も、ふなっしーのどんぶりやコースターをもらうために入れたんです。ふなっしーを通じて、船橋とお店の開拓ができて本当に楽しかった」
船橋の飲食店・小売店30店舗でコースターがもらえる企画。ぜんぶ行った(画像提供/りさ)
新京成線沿線を飛び回り、2カ月でラーメンを24食。どんぶりとレンゲのセットを2つもらった(画像提供/りさ)
「例えばふなっしーが紹介していた居酒屋の『フナバシ屋』さんも、ファンがイベントの後に集まるような場所ですが、私も大好きで行っていました」
ふなっしーのサインとともにお酒も飲んだ(画像提供/りさ)
ふなっしーグッズが買えるショップ、ふなっしーLANDへもよく行った。
「来ている方々はふなっしーが好きな人ですし、お店も手づくりのPOPから何から、ふなっしー愛にあふれているような、すごくあたたかい場所です」
そんな船橋の街を振りかえって。
「何よりふなっしーのホームタウンであるだけで魅力的だけど、純粋に街としても、ららぽーとやIKEAがある一方で梨園や畑もあるし、海で潮干狩もできるし。そのバランスが落ち着きましたね。地元のお野菜や貝を使ったおいしいお店もたくさんありました」
(画像提供/りさ)
船橋を離れる日
船橋に住んで4年目の2019年、ふなっしーともうひとり大切な人ができた。
「彼とは福祉の仕事の関係で知り合いました。告白されて、付き合い始めた日がたまたま2月7日だったんです。2と7ってファンにとっては特別な数字で、「ふなの日」って。それってファンじゃない人ならささいなことですけど、彼は「すごい」って一緒に盛り上がってくれました」
彼とはふなっしーLANDへも行った。「俺もグッズが欲しい」とキーホルダーやマグカップを買ったという。代わりにこの年は彼が好きなラグビーのワールドカップがあり、一緒に見て熱くなった。
そうして愛を育んで、結婚を決めたときのこと。彼の親御さんの具合が悪く、実家の近くへ住むために船橋を離れざるを得なかった。
「私も彼の実家の近くに住んだ方が良いと思っていました。それでも彼は、ふなっしー好きの私の想いを汲んではじめに船橋で新居を探してくれたんです。彼にとっては何の縁もゆかりもないし、職場も船橋じゃ遠かったんですけど、その気持ちに感謝しています」
船橋を発つ日、津田沼駅で(画像提供/りさ)
「船橋を発つとき、船橋の思い出の場所を回りたかったんですが、結婚式の準備もあってなかなか行けませんでした。でも海老川沿いは歩きました。ふなっしーが初期のころYoutubeで一人でおどっていた海老川にかかる鷹匠橋。そこがふなっしーのスタートの地でしたから」
(画像提供/りさ)
そして2人は親御さんの家へ通いやすい、川崎へ住むことになった。そして結婚の日取りを考えているころの話。
「私たちは『いいふなの日で11月27日とかどうだろう』って冗談で言ってたら、ちょうどその日が大安だったんですよ。そこでまた盛り上がって、本当にいいふなの日(11月27日)にふなっしーの柄の婚姻届で、船橋市役所へ行って入籍しました」
船橋市役所で2人で婚姻届を提出(写真撮影/りさ)
「そして川崎市に住んでからも、よく船橋には行っています。ふなっしーLANDもイベントも行って、梨園で梨も2度買いました」
安くておいしい梨をたくさん持って帰る(画像提供/りさ)
「ふなっしーが私の世界を広げてくれて、生活や心を彩ってくれました。いつも元気や癒やしをくれて、存在してくれて感謝です」
結婚式はコロナで延期になった(画像提供/りさ)
「船橋への愛から、生まれてきてくれたふなっしー。その愛ある街でふなっしーを身近に感じながら応援できて、4年弱でしたがとても幸せでした。ふなっしーと同じ市民だったことは一生の思い出だし、誇りです。
これからもずっとふなっしーのことが大好きだし、離れても船橋という街とも縁を持ち続けていきたいですね」
何よりも「好き」を優先して引越す。そうすれば、好きなものにもっと近くでふれ合えて、その過程で街をどんどん好きになれる。一生の思い出をつくれる、いい選択肢かも知れない。
元画像url https://suumo.jp/journal/wp/wp-content/uploads/2021/01/image1-784×442.jpg 住まいに関するコラムをもっと読む SUUMOジャーナル
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