恐るべき筆力とユーモアが光る鈴木るりか『私を月に連れてって』
恐ろしい子! と私の内なる月影先生が発動してしまうくらい驚かされたのが、現役高校生作家・鈴木るりかさんの『私を月に連れてって』である。前作『太陽はひとりぼっち』でも十分すぎるほどの衝撃だったが、今回はさらに記録更新だ。もうほんと、私のように鈴木さんの倍以上歳をとっている人だって(いや、サバを読んだがほぼ3倍です)、こんなにおもしろい本を書ける人材などどれだけいることか。
まだこのシリーズをお読みになったことのない方のために、簡単におさらいさせていただく。『さよなら、田中さん』から始まるシリーズの主人公は現在では中学2年生の田中花実。裏主人公ともいえる強烈なキャラクターのお母さん・真千子とのふたり暮らしだ。そこに、大家さんの息子でニートの賢人や小学校時代の担任でオカルトに造詣の深い木戸先生といったバイプレイヤーたちも登場して、あれやこれやの騒動が巻き起こる。恐るべきは、著者の筆力とユーモア。本来若者というのは自分と同年代の人々以外の気持ちに思いを馳せることなどなかなか難しいと思うのに(私なんてクラスメイトたちが考えていることさえよくわかっていなかったが)、子どもを持つ母親の気持ち、学生という共通点もない20代男子の気持ち、教師の気持ち、高齢の大家さんの気持ちにまで鈴木さんは深い理解を寄せている。しかも彼らの心情を、文章で鮮やかに表現できる。
同じく光っているのが、卓抜なユーモアのセンス。「もしかしたらこの本、若い子より中年の読者に人気があるんじゃないの?」と思わせる、いぶし銀の味わいがあるのだ(補足:もちろん、お若い方々がお読みになってもたいへん楽しめる作品ですよ!)。と、感心しながらWikipediaの方もチェックしてみたところ、見逃せない記述を発見してしまった。鈴木さん、テンダラーがお好きなの…(テンダラーとは、中年男性ふたりからなるコンビ芸人。昭和の香り漂う芸風で、私も大好きなのだが10代のファンの存在はうちの三男以外に確認したことがなかった)! そうか、鈴木さんのユーモアセンスのルーツはこのあたりにもあるのか。
さてシリーズ最新刊となる本書では、花実たちレギュラーメンバーの日常は相変わらず笑いにあふれているものの、これまでにも要所要所で示唆されてきたお母さんの謎の部分にさらに切り込んだ内容にもなっている。「えっ、これってどういうこと…!」とめちゃめちゃ気になるところで終わっており、次巻がまだ本の形でこの世に存在していないことがつらい。鈴木さんの頭の中にはだいたいの構想がおありなようであれば、一日も早く書き上げていただけたらありがたい…と思いつつ、「しかし、このコロナ禍で高校生としての楽しみも大幅に制限されているであろうから、まずは高校生活を謳歌していただきたいものだ。できれば勉学の方も疎かにせずがんばっていただきたいし…」などと我が子を案じるような視線が絡んできてしまう。心は千々に乱れるばかり。
読者としての希望を言わせていただけるなら、とにかく花実たち親子には幸せになってもらいたい(あ、本書の表題作となった短編の主役を務めた賢人もそうだし、最終的には登場人物みんなの幸福を願わずにはいられない)。とはいえ、もちろん鈴木さんが納得のいくように書かれることが何よりも大事だ。さあ、心のままにお書きなさい!(親目線というか、結局のところ月影先生目線)
(松井ゆかり)
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