自己啓発の歴史(2) サイケデリックの発見

自己啓発の歴史(2) サイケデリックの発見

今回は橘玲さんのブログ『Stairway to Heaven』からご寄稿いただきました。

自己啓発の歴史(2) サイケデリックの発見

カナダのサスカチワン州でアルコール依存症患者の治療にあたっていたハンフリー・オズモンド博士は、LSDで人為的に譫妄症状をひき起こすという治療法を思いついた。酒に溺れた患者たちは、のっぴきならないところまで追い詰められてようやく生活を変える決心をする。だったらLSDで重度のアルコール中毒と同じ状況をつくり出し、断酒の決断をさせればいい――。

ところが驚いたことに、LSDでトリップしただけで依存症から回復する患者が何人も現われた。そこでオズモンド博士は、1000名ちかい重度のアルコール依存症患者に大量のLSDを投与する実験を行ない、50パーセントというきわめて高い治癒率を得た。博士は、この幻覚剤がこれまで知られているなかでもっとも効果の高い“こころの治療薬”であることを認めざるを得なかった。

LSDを投与すると感覚器官にいちじるしいねじれが生じ、色が聴こえたり、音が見えたりする。この非日常世界で患者の気分は高揚し(ハイになり)、自己を防衛していたすべての殻が取り払われる――。オズモンド博士は、LSDによるこの至高体験を「サイケデリック」と名づけた。

新進気鋭の行動心理学者としてハーヴァード大学で教鞭をとっていたティモシー・リアリーは、オズモンド博士の研究に衝撃を受け、重罪犯専用の刑務所で受刑者にサイロシビン(マジックマッシュルーム)を投与するという実験を行なった。出獄した受刑者の再犯率は平均80パーセントだが、幻覚体験をした受刑者はわずか25パーセントが監獄に逆戻りしただけだった。

つづいてリアリーは、幻覚体験と神秘体験の比較研究に乗り出した。10名の神学生と教師にサイロシビンを、他の10名には偽薬を投与したところ、幻覚剤を投与させられた九名が「宗教経験」を報告したばかりか、彼らはそれを、聖人や預言者によって聖典に書かれた神秘体験と区別できなかった。

この実験結果から、リアリーはひとつの確信を得た。宗教的現象とドラッグ体験は同一であり、サイケデリックによって無垢な魂が神と向き合うからこそ、「囚人だろうと大学教授だろうとおかまいなしに、誰だろうと、神秘的、超越的な経験をして、その結果人生が変わってしまう」のだ。

1961年の夏、リアリーははじめてLSDを体験し、「光だけでできた生命の中心で神と出会い、永遠の炎に包まれて完全な宇宙のドラマを眺める」めくるめくアシッド(LSD)トリップに圧倒された。こうして彼は、幻覚剤による「意識拡大」を唱えるようになる。

ハーヴァード大学教授会はリアリーのドラッグ研究を非難し、63年5月、彼を解雇した。マスコミはこの内紛を大々的に報じ、リアリーは「ミスターLSD」としてハリウッドスターにも劣らぬ名声を手に入れた。

リアリーは、若者たちに向かって叫んだ。

「Turn on, Tune in, Drop out(トリップし、波長を合わせ、ドロップアウトしろ)」

そしてなによりもリアリー自らが、率先して60年代という時代に〝チューン・イン〟していった。

参考文献:
「アシッド・ドリームズ―CIA、LSD、ヒッピー革命」 マーティン A.リー(著), ブルース・シュレイン(著), 越智 道雄(翻訳) 『amazon』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4807492039/

執筆: この記事は橘玲さんのブログ『Stairway to Heaven』からご寄稿いただきました。

  1. HOME
  2. 政治・経済・社会
  3. 自己啓発の歴史(2) サイケデリックの発見

寄稿

ガジェット通信はデジタルガジェット情報・ライフスタイル提案等を提供するウェブ媒体です。シリアスさを排除し、ジョークを交えながら肩の力を抜いて楽しんでいただけるやわらかニュースサイトを目指しています。 こちらのアカウントから記事の寄稿依頼をさせていただいております。

TwitterID: getnews_kiko

  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちら
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。