高性能AIに挑む、落ちこぼれエンジニアとおかしなヤクザ
第八回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作。AI技術にかかわるアイデア満載の軽快エンターテインメントだ。とにかくセンスが抜群に良い。
まずロジックの部分。SFとしてのリアリティを保証するため説明的になるのは避けがたいが、それを文章にいかに落としこむか。たとえば、この作品の主人公である人工知能技術者、三ノ瀬(みのせ)――語り手の僕――はディープラーニングの「心を読む」方法について、こんなふうに表現する。
わずかにでも”彼ら”の知を探ろうとする方法の一つが、勾配(Gradient)の可視化だ。ディープラーニングはパラメータをデータによって微分することで学習するが、逆にデータをパラメータによって微分することで、データ中のどの要素がモデルの出力に影響するかを可視化出来る。
この「心を読む」方法は万能でもなんでもなく、局所的な感度分析にすぎない。しかし、バズワードが乗せやすく営業的には受けが良かったのだ――と、一歩も二歩も引いた付言がつく。こうした細かいところも、ひじょうに上手い。
そして、エンターテインメントのキモである、キャラクター造形と言いまわしの部分。没落した三ノ瀬は借金のカタに、フリーランスのヤクザ、五嶋(ごとう)のある計画を手伝うはめになる。
「オーケー。ルールを守って楽しい監禁生活と行こうじゃないか」
五嶋は冷蔵庫から缶ビール……否、しるこ缶を一本手に取ってそう言った。しるこでピザを食べる姿は、僕の中の五嶋への警戒レベルを一段階高めるに十分だった。
なんと絶妙な空気。もう面白くなる予感しかないではないか!
落ちこぼれAIエンジニアの三ノ瀬と、トボけたヤクザ五嶋の取り合わせ。バディ小説ではあるが、ふたりのあいだに友情が育ったりしないのも、また良い。三ノ瀬はしかたなくアウトローな世界に踏みこんでいるものの、できるだけ早く五嶋と縁を切ってカタギの生活へ戻りたいと願っているし、五嶋は五嶋で自分の計画のため三ノ瀬を利用しているだけでヤバくなれば躊躇なく切りすてるつもりだ。それでも、計画を勧めるなか、ふたりのあいだに阿吽の呼吸みたいなものが通う。
さて、五嶋が企てたのは、現金輸送車の襲撃。装甲車を超える堅牢性を誇る特殊車両《ホエール》、そして警視庁鳴り物入りの治安維持AI(CBMS)を、たったふたりで出しぬこうというのだ。CBMSの計算リソースはクラウドGPUマシン七千台。秒間シミュレーション回数は約五十万回に及ぶ。
AlphaGoが人間プロ棋士を下して以降も、AIは進化をつづけている。論理ゲームでは、人間に勝ち目はない。しかし、囲碁が閉じた論理ゲームなのに対し、CBMSは犯罪対策という環境にむけて開いた系を扱う。そこに一分の隙が見つかるかもしれない。とは言え、AIは自分の隙がわかれば、それを塞ぐことができる。つまり、三ノ瀬と五嶋にはCBMSの裏をかく戦術に加え、局面ごとの臨機応変な判断と迅速な実行が必要なのだ。
それが物語に緊張とスピードをもたらす。しかも、三ノ瀬・五嶋チームがキレイにゴールを決めて終わりという単純な展開でもない。現金強奪計画はそこで完結せず、博多カジノ(ファンクな日本趣味に彩られた欲望のパラダイス)を舞台とした、「スティング」ばりのコンゲームへとつながっていく。さらには、三ノ瀬の天敵とも言える、雲の上クラスのハッカー九頭(くず)が、謎めいた機械蛇サイモンを伴って立ちはだかる。
起伏のあるストーリーテリングもさることながら、実写映画もかくやのスペクタクルや外連味のある演出もみごと。コンテストの選評で、「即戦力の印象」(東浩紀)、「面白さが随一」(小川一水)、「エンタメとして最上の部類」(塩澤快浩)と太鼓判を押されただけのことはある。
(牧眞司)
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