『千日の瑠璃』460日目——私は破門だ。(丸山健二小説連載)
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私は破門だ。
正月早々、しかも退院と決まったきょう、取りつく島もないほど厳しい口調で申し渡された、破門だ。うつせみ山の禅寺から下ってきた先輩の僧侶は、病院を訪れ、ベッドに横たわってぼんやりしている後輩の枕元に彼の私物を置き、無表情のままこう言った。これからは随意の行動をとるがいい、と。つまり、あとは自分の好きなやり方で悟りの道を歩むがいい、という意味の話をやんわりと言って聞かせた。それから彼は、これはあくまでも私見だがと断わって、こう言った。水中での座禅も一概に間違いだとは思えない、と言い、「だけど、悟る前に死ぬぞ」と言い、私を残して、先人の跡を辿るべくうつせみ山へと帰った。
あまりのことに啞然とする若い僧は、しばらくのあいだ私と向き合っていたが、やがて、「それはそうだよな」とぼそっと呟き、決して心無い仕打ちだなどとは考えず、素直に私を受け入れた。隣りの病室では、旅先で奇禍に遭ったという女が、美しい声を張りあげて「痛い」と「苦しい」を繰り返していた。またその隣りの部屋では、見舞い客が面白くもない冗談を飛ばして自分で笑っていた。僧はベッドを降りて窓に近づき、うたかた湖に着水する白鳥の一群と、鳥のようにして飛ぶ練習に余念がない少年を眺めた。寺の方針に沿えなかった彼は、そのとき「後の人々の評価を待て」という鳥のさえずりに似た声を聞き、泡を吐く観音像にどこまでも沿う決意をした。
(1・3・水)
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