『千日の瑠璃』453日目——私は杖だ。(丸山健二小説連載)
私は杖だ。
盲目の少女が親に買い与えられ、そして彼女によって冷たく拒絶されてしまった、白い杖だ。人一倍察しの速い少女は、私を手にした途端、一般人の仲間から外されてしまう日がいよいよ訪れたことを悟った。彼女はまるで蛇でもつかんだみたいに、私を投げ出した。闇だらけの世を生き延びるためにどれほど大切な道具であるかを懇々と諭されたにもかかわらず、彼女は二度と私を手にしなかった。
ほとほと困り果てた両親は、苦り切った顔で「どうしてえ?」を連発した。ふたりは口にこそ出さなかったものの、いよいよ親の手に余る子になってきたのではないかと思い、先行きを案じて同時に重いため息を洩らした。しかし、私はほどなく少女の心底を読み取った。彼女は何も、この先もずっと、できることなら永遠に子どもの立場に浸っていたくて私を嫌ったのではなかった。
少女は、私に頼ることで失ってしまうものの大きさを直観的に悟ったのだ。また、私を持つことで自分に何が不足し、何が欠けているかをあらためて思い知らされ、世間にも知らしめることを避けたかったのだ。それにだいいち、彼女にはすでに盲導犬以上の働きをする白い犬がついていた。あるいは、彼女が敬慕してやまぬ少年がついていた。少年の吹く口笛がこっちへ近づいてきた。少女は「あ、よいっちゃん」と言って、すっくと立ちあがった。しばらくして私は押し入れの奥へしまいこまれた。
(12・27・水)
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