『千日の瑠璃』428日目——私は白小鳩だ。(丸山健二小説連載)

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私は白小鳩だ。

善美を尽くした割に評判のほうはそれほどでもない歯科医院、そこで飼われている手品用の白小鳩だ。しかし残念なことに、このところ私には、老人ホームの信じるに足るものをほとんど失ってしまった年寄りや、疑うことをまだ知らない幼稚園児の驚博する顔を見る機会がまったくなかった。だいいち私の飼い主にはもうそんな余裕などなかった。近所に腕がよくて、親切で、若くて、男ぶりのいい同業者が開業してからというもの、すっかり零落れて、今では看護婦さえも雇えなくなり、私の哀調を帯びた声が高速モーターの回転音を押しのけるまでになっていた。そして酒ばかりくらってぶくぶくと太った医師は、よしんば公演を要請されたとしても、私を隠しておく場所がもはや体のどこにもないといったありさまだった。

それでも訪れる患者はあった。私が痛みを少しでも和らげてくれると思いこんでいるおめでたい連中が、日に何人かやってきた。むかしからの常連で、三十歳を過ぎてから男を知ったことが唇の色でわかる女が、きょう現われた。退屈のあまり私は、逆恨みされるのを覚悟で、彼女に忠告した。あんな男と付き合うのはやめたほうがいい、と言った。だが、無駄だった。彼女が私から連想するのは、結婚式のみだった。彼女が奥歯を削られているあいだ中ずっと私は、祝福のための小道具として彼女の青々とした胸のうちを飛び交った。
(12・2・土)

丸山健二×ガジェット通信

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