『千日の瑠璃』411日目——私は仕事だ。(丸山健二小説連載)

access_time create

 

私は仕事だ。

秋が深まるだけ深まり、冬がすぐそこまで迫って、ふたたび注文が舞いこむようになったストーブ作りの男の、嬉しい仕事だ。一般住宅用のほかに、ペンション用の大型のストーブを雪が降り出す前に十個も完成させなくてはならなかった。私は荒みかけていた彼の暮らしを立て直し、だらけていた気分を奮い立たせ、ついでに牽強付会の論を斥けた。

彼は仕入れたばかりの鋼材を切断しているあいだに、胸のうちの蟠りもいっしょに切り刻んでいることに気がついた。また、夜になって溶接の火花のなかへ顔を突っこむと、一切の我欲が吹き飛ばされるのをはっきりと自覚した。私は彼に言ってやった。所詮、紐にまで成り下がれるような男ではないのだ、と。彼は「そうかもしれん」と言った。ついで私はこう言った。ストーブの代金が入ったら、あの女から借りた金を利子を付けて返してやれ、と。男は領いた。私は更につづけた。返す物を返したあとで、あの女のことをどう思っているのか自問してみるがいい、と。男は返事の代りに火花を派手に飛ばした。オレンジ色の、温情のこもったその光は、自らを責め苛む彼の未来を仄かに照らし出した。

私に傾倒し、没頭するあまり、彼は女が訪ねてきたことも、彼女が背後に立って見守っていることも知らなかった。そして女は、私に恋人を奪われたなどとは考えず、声をかけるのも忘れていつまでも火花に見とれていた。
(11・15・水)

丸山健二×ガジェット通信

  1. HOME
  2. エンタメ
  3. 『千日の瑠璃』411日目——私は仕事だ。(丸山健二小説連載)
access_time create
  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちら
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。