無印良品の“日常”にある防災、「いつものもしも」とは
無印良品が本気で防災に取り組んでいる。
9月1日の防災の日に合わせて防災セットを発売、各店頭でも大々的に防災コーナーを設けるなど、かなりの本気モードだ。しかし、実は無印良品による防災プロジェクト「いつものもしも」は10年前から展開していたもの。それこそ東日本大震災が起きる前からの、「本気」かつ「長期戦」の取り組みだ。
今回は、このプロジェクトの中心におられたプロダクトデザイナーの高橋孝治さんを中心に、現在このプロジェクトをリーダーとして推進していらっしゃる人事総務部総務課の田村知彦さん、同社くらしの良品研究所の永澤芽ぶきさんにお話を伺った。左より永澤芽ぶきさん、田村知彦さん。無印良品 銀座にて(写真撮影/飯田照明)
いつも使っているものを防災にも使うだけでいい
防災グッズと聞くと、特別なものを用意しないといけないと思いがちだが、普段使わないものはとっさに使いこなせないし、マンション暮らしか一戸建てか、家族構成や子どもの年齢、暮らし方ひとつで必要なものは変わってくる。
そこで生まれたのが、無印良品の防災コンセプト「くらしの備え。いつものもしも。」。普段使っているものをそのまま防災用品とする提案だ。
例えば、持ち運びのできるLEDの灯りは、ライフラインが止まった場合の照明に。キャリーバッグは非常用の持ち運びバックになるし、半透明のキャリーボックスなら、中身が見え、重ねることもできるので備蓄品の保存に最適だ。
「”自分の身は自分で守る”という意識のもと、自分にとって必要なものを用意しておく。そのシンプルな考えで、自分たちで考え、身の回りものを点検してもらう。防災を”自分ごと”と考え、防災の意識を上げていってほしいと考えています」(高橋さん)
無印良品ホームページ 「くらしの備え。いつものもしも。」より
「防災を日常的に」~最初のきっかけはNPOからの提案
そもそも、無印良品がどうして防災に関わることになったのだろう。
きっかけは、2008年。“防災は、楽しい。”をコンセプトにさまざまな活動をしているNPO法人プラス・アーツと出版社の木楽舎から声をかけられたことから始まる。
「プラス・アーツさんは、阪神淡路大震災の被災者のリアルな声や体験を活かした『地震イツモノート』という本を出したり、楽しみながら防災の知恵を学ぶイベントなどを開催されていました。そこで”もっと身近なモノで防災を意識付け出来たら”という考えから、無印良品に声をかけていただいたんです」(高橋さん)。
目指したのは、あくまでも日常の延長線上にある防災。身近なモノであること、邪魔にならないこと、全国で手に入れることができること。まさに無印良品そのものだ。
「当時は防災グッズといえば、とりあえず防災リュック(家庭用持ち出し袋)を自宅に置くだけという認識が普通でした。でも別に防災用に特別なものでなくても、普段毎日使っているものが有事にも役立つ。それは広範囲の品ぞろえを持つ無印良品の商品なら可能なはずだと気づきました」(高橋さん)。
高橋孝治さん。大学でプロダクトデザインを学んだ後、良品計画と契約。無印良品の商品企画・デザインを担当し、この防災プロジェクトにも立ち上げから携わっている。2015年に退職後は焼き物の街、愛知県常滑市に移住、数々のプロジェクトに関わる一方、現在も無印良品の防災プロジェクトに参加し続けている
このプロジェクトのきっかけにもなった「地震イツモノート(プラス・アーツ)」は阪神・淡路大震災の被災者167人の体験談を集めたもの。防災意識を特別なものとしてではなく、ライフスタイルの中に自然とある状態を目指したいという思いでまとめられている。この書籍のほか、防災・震災・災害に日常から備えられる書籍やゲームなどを多数生み出している(写真/NPO法人プラス・アーツ)
プロジェクト立ち上げ直後に東日本大震災。必要性をさらに痛感
そして、無印良品の研究機関である「くらしの良品研究所」で防災プロジェクト「いつものもしも」を立ち上げ。無印良品の商品を使った防災の備えへの提案を、プロモーション、売り場設計含めて企画し、さらには商品開発へと役立てる事業となった。
プロジェクトの立ち上げは2010年の暮れ。当時は、阪神大震災から10年以上経ち、災害への危機感が薄れつつある社会へのメッセージとして提案するはずだった。しかし、翌年3月東日本大震災が起きる。
「あまりのタイミングに驚くとともに、改めて必要性を実感しました」(永澤さん)
そして2011年9月には全国で大々的に防災を打ち出した店づくりを行う。
「基本的には無印良品の膨大な商品をセレクトし、災害時に備えてもらうという取り組みでした。しかし、どうしても、ヘルメットやヘッドライトは無印良品の品ぞろえにはなかったため、取り扱いのない他社商品を並べました。これは小売り業態であることを考えれば、かなり常識外のこと。自社の売り上げももちろん大切ですが、俯瞰した目線で防災にそなえること自体を提案していくことに意義があると考えたからです」(高橋さん)
2011年9月から有楽町店で開催された「地震ITSUMO展」。商品をセレクトし、災害時の使い方とともに紹介(写真提供/良品計画)
備えたいモノは男女差、個人差も大きい。リアルな声で実感
プロジェクトチームが、防災は人それぞれ、個別にカスタマイズする必要があると実感したエピソードがある。
「東日本大震災1年後に、仙台の店舗で被災者の方に“震災を経験して、自分が必要と感じた防災セットを組んでみてください”というお願いをしました。すると思っていた以上に男女差があったんです。例えば女性は”ヘッドライトは両手があくので便利だと分かるけれど、あまりにも非常時といった感じがして嫌だ”、”大勢の人の目のある避難所では顔の隠せるつばの広い帽子がありがたい”という声があったり、ヘルスケアやスキンケアなど身だしなみに関わるアイテムのニーズが高かったり。個々人が備えるべきものが違うことを痛感しました」(高橋さん)。
職場や自宅に備えるものとして提案されている商品。非常用品だけでなく、自分が普段使いしているものが、避難の際にすぐに持ち出せるようになっているか、改めて見直す必要があるだろう
非常時でなくていい。「くらしの備え」が防災になる
「防災」といいつつ、常に「日常に軸足を持つ」ことが、無印良品の取り組みの特長だ。
「もしも、って別に地震や水害による避難生活だけでないんですよね。例えば、今日は仕事で遅くなってご飯つくりたくないな、買い物にも行きたくないし、といったときにレトルトが役立つ。だったらストックしておこう。それが防災の備蓄になればいいと思っています。無印良品のレトルトの賞味期限は1年ほどなので、通常の非常食に比べると短い。でももっと長持ちする商品だからといって5年保存しておくと、その間にどこに行ったか分からなくなるでしょう。その点、普段、食べ慣れた味で備えるなら楽。賞味期限が切れる前に、日常使いしつつ備蓄していく、ローリングストックという備蓄法です」(高橋さん)。
実際、現在の防災プロジェクトリーダーの田村さんも実践者。「月に1回は無印良品のレトルトカレーの日と決めていて、補充してから、自分たちで好きな味を選んで、食べる。その日は料理の手間も省けますし、子どもたちもちょっとしたイベントで楽しそう。自分でいうのもなんですが、無印良品のカレー、美味しいですからね(笑)」
レトルト食品だけでもさまざまな種類があることで普段の食卓に絡めて飽きずにローリングストックを続けていけそう(写真撮影/飯田照明)
「日常」かつ「防災」といった要素をいかに持つか。商品開発でもそれは活かされている。
例えば、カセットコンロのミニと専用ケース。「韓国のスーパーで、カセットコンロが樹脂のケースに入って売られていたんですよ。あ、段ボールの箱より丈夫で、台所の収納でも便利だし、アウトドア商品かつ防災用品にもなるなと思いつきました。風に吹かれても消えにくい内炎式で、かなり人気。僕ももう一つ買おうかなと思っています」(高橋さん)。
カセットこんろ・ミニと専用のケース(別売) ケースに入れれば持ち運びもしやすい
防災に対する意識とクリエイティビティは各段に上昇した10年
この10年で防災の意識はどう変化しただろうか
「日本全体の防災意識が各段に上がっています。それは近年、地震や水害など毎年大きな天災に見舞われているからなのですが、何かしらの備えをしている方は増えています。アウトドアブームも後押ししている部分がありますね。旅に使えるもの、屋外で使えるものは、総じて防災グッズになりますから」(永澤さん)。
さらに、それに応えるクリエイティビティが各段に向上していることも大きい。
「昔は、防災リュックは黄色や銀色で、目立てばいいという感じでしたから。近年は、行政や民間、個人により、防災を分かりやすく、楽しく伝えるアプローチがたくさんされています。お洒落なアウトドアブランドが身近になり、ライトユーザーがお洒落なアイテムを防災グッズとして捉える機会も増えています」(高橋さん)
丈夫でスタッキングもしやすいポリプロピレン製の収納ボックスはアウトドアとの相性も良く、必需品を詰め、いつでも持ち出しやすいようにしておくといった使い方も(写真撮影/飯田照明)
もちろん、無印良品の10年間の取り組みが、防災を日常化しつつ、お洒落に取り入れる動きに寄与してきた。
「防災といったテーマはどこかの部署だけで推進するのではダメで、商品開発から、宣伝や販促、実際の店舗、ウェブ展開でも横串を指すことが大切でした。防災の必要性を共有できれば、コンセンサスを得やすく、深く広く、お客様に訴求ができます。その点、何をつくるか、どのように届けるかを自社の中で完結していることが無印良品の強み。特に現在、僕は外部から関わっているので、余計にそう感じています」と高橋さん。
折り畳み式ヘルメット、ヘッドライト、消火器など自社商品になかったものも約10年に及ぶ取り組みでラインナップに加わっていった(写真撮影/飯田照明)
余白のある防災セット。まずはこの1品からスタートしてもいい
そして満を持して登場したのが「防災セット」だ。
「ずっと防災セットがほしいという要望はありました。何から手をつけていいか分からないし、無印良品が出すアイテムなら間違いはないだろうから、という声に押されました。また、毎年、天災が起こるなか、まずは最初の基本として手元に置いておくものとして、もっと踏み込んだ提案をするべき時期にあるのかもしれないと考えたからです。まずは基本セットとして導入してもらい、あとは自分たちでカスタマイズしていく。“これ1つでOK”というような防災セットではなく、自分が主体となってモノを選ぶことで初めて、防災が自分事になっていくんだと思います」(田村さん)
防災セットは、「携帯」「持ち出し」「備える」の3種類。持ち出しセットには携帯セットのアイテムが、備えるセットには持ち出しセット・携帯セットのアイテムが含まれており、普段から身の回りにおいて使うことを前提とした最低限のものがまとまっている(写真提供/無印良品)
備えるセットには非常用トイレやロウソクなども。コンパクトにパッケージされていて普段から目につくところに立てて置ける(写真撮影/飯田照明)
一家に必ずといっていいほど、無印良品の商品はある。日常的に接点の多い無印良品だからこそ、「いつも」使えるアイテムが、「もしも」のときに役立てば、一石二鳥だ。「もしも」は明日のことかもしれない。まずは、「くらしにとって」なにが必要か、考えてみることから始めてみたい。
店頭や特設サイトでは、防災時に備えるためのヒントが提示されている※写真は銀座店(写真撮影/飯田照明)
●取材協力
※記事中で紹介した商品は一部店舗で取り扱いのないものもあります 元画像url https://suumo.jp/journal/wp/wp-content/uploads/2020/09/174948_main.jpg 住まいに関するコラムをもっと読む SUUMOジャーナル
関連記事リンク(外部サイト)
登山家・野口健さんが指南する、生き抜くための本当の防災対策
「東京防災」に関わった電通プロデューサーが語る、“防災意識の低い人のための防災”
「防災ゲーム」が楽しい! 子ども・大人へのオススメ3選
~まだ見ぬ暮らしをみつけよう~。 SUUMOジャーナルは、住まい・暮らしに関する記事&ニュースサイトです。家を買う・借りる・リフォームに関する最新トレンドや、生活を快適にするコツ、調査・ランキング情報、住まい実例、これからの暮らしのヒントなどをお届けします。
ウェブサイト: http://suumo.jp/journal/
TwitterID: suumo_journal
- ガジェット通信編集部への情報提供はこちら
- 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。