『千日の瑠璃』398日目——私は紅葉だ。(丸山健二小説連載)

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私は紅葉だ。

聳然と屹立している高峰うつせみ山の頂きから始まって、今ではまほろ町の隅々に至るまで彩りよくちりばめられた、紅葉だ。ぐずついた天気が去って、いつしか薄日がさし、まもなくすっかり晴れ渡って、私は映えに映える。なかんずく丘の中腹を占める喬木の林が見事だ、と人間を見厭きてしまった、眉毛まで真っ白な老翁が誉めそやす。

私は山里と町の区別をなくし、塵埃を避けて山中に住む者と酒席に芸者をはべらせないことには気がすまない者をいっしょくたにし、貧富や賢愚の差を縮める。そして私は、ある者には大火で類焼を免れた遠いむかしを思い出させ、ある者には眼の前で凶徒の手に倒れた民主主義の先覚者を思い出させる。また、ある者には咲き誇る花々に囲まれて羽化するまだらの蝶を思い出させ、ある者には敵国の死命を逸早く制した勝ち戦を思い出させる。

しかし、思い出してもかれらは決してそれを口にせず、何かを痛感することもなく、ただうっとりと私に見とれ、この地で老死してゆくことの倖せを嚙みしめているばかりだ。いつしか知らず老いたかれらは、どんなに老いても客を遇する道を忘れたりはしていない。かれらははるばるまほろ町を訪れた古い友に、茶菓よりも先に私を勧めるのだ。私は何人も等しくわが饗宴に招き、深い陶酔へと誘い、かれらの胸のうちに夢寐にも忘れぬ肯定の言葉を刻みつける。今は少年世一が私の客だ。
(11・2・木)

丸山健二×ガジェット通信

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