試合中にキスの餌食に!? 実況アナが綴る「プロレスの世界」が面白すぎる…
ここ数年、プロレスの人気が再燃しているようだ。プロレス好きからしたら「なにをいまさら」と思うかもしれないが、今まで全く触れてこなかった者からすれば「なぜ?」という疑問がふと浮かび上がるだろう。
プロレスといえば「野蛮」「過激」「痛々しい」など、どちらかと言うと悪いイメージばかり。とてもじゃないが、「お金を払ってまで見たい!」という気にはなれない。いや、今は「なれなかった」と言うほうが正しいだろう。エッセイ集『コブラツイストに愛をこめて 実況アナが見たプロレスの不思議な世界』(立東舎)を読み終わったあと、今まで抱いていたプロレスのイメージが一変。プロレスの奥深さや魅力、そして実況アナの存在意義に「面白い!」と思わずにはいられなかった。
本書の著者は、フリーアナウンサー・清野茂樹氏。2015年に新日本プロレス、WWE、UFCと世界三大メジャー団体の実況を史上初めて達成した、現在のプロレス実況の第一人者だ。
プロレス実況とは文字通り、プロレスの実況をすること。試合でどんな技が飛び出し、どっちが勝ったかを説明していく。しかし清野氏が言うプロレスと、今まで抱いていた「野蛮なスポーツ=プロレス」のイメージはだいぶ異なる。彼は本書の中で、「プロレスはスポーツではない」と語っていた。
「『試合』や『選手』というスポーツのような表現があるのに、演劇のような『セリフ』があったり、お笑いのような『お約束』があったり、ファッションショーのような『派手な入場』もあるという、いろんな要素が混じっているのがプロレスなのです。プロレスは『エンターテインメント』なのに、最後は『試合』として勝ち負けがつくという、他に類のないライブパフォーマンスです」(本書より)
上記の文章を読むと、確かにあまりスポーツらしくない。スポーツというよりはスポーツ要素を織り交ぜた舞台のようにも感じる。さらに清野氏は、続けてこう綴っていた。
「プロレス実況に求められることは、野球実況やサッカー実況より、むしろ、プロレスラーそのものに近いと思います」(本書より)
つまりプロレスを実況する側もプロレスと同様、さまざまな要素が必要になってくる。スポーツアナウンサーとしてしゃべることもあれば、映画コメンテーターの如く話すこともあったり、時にお笑いのツッコミ役をするような部分があったりと、多様な要素が合わさって初めて「プロレス実況」というものが成り立つ。
もちろん実況に台本などなく、実況アナから発せられるのは全てアドリブの言葉。ただ、しゃべりの材料として「実況資料」を用意するそうだが、それすらも奪われてしまうことがある。清野氏のデータブックを奪ったのは、正体不明のマスクマン「エル・デスペラード氏」。場外乱闘の際に、凶器として使うため清野氏のノートを奪ったそうだ。その時に清野氏が発した実況は以下の通り。
「うわっ、私のノートが奪われてしまいました! タイツの中に隠し持っています! あーっと、私のノートで脳天に一撃!!」(本書より)
正直、ノートを奪われるくらいならまだマシなほうだろう。時にレスラーたちは試合にアクセントをつけようと、実況アナに襲いかかる。清野氏が最も印象的だったと語るのは、マキシモ(現:マキシモ・セクシー)というメキシコ人レスラーが放送席にやってきた時のこと。マキシモは男性へのキスを得意としているそうで、その時は清野氏の隣にいた解説者のミラノコレクションA.T.氏がキスの餌食に……。
「あっと、ミラノさんの唇が奪われてしまった!! マキシモのディープキスだ!! あっ、ミラノさんが目を閉じて崩れていく!!!」(本書より)
レスラーから目をつけられたら最後、実況アナが取れる行動は主にふたつ。逃げるか、受けるかのどちらかだ。レスラーは強くて乱暴な自分を見せたいのだから、誰かがライオンに襲われるインパラを演じなければならない。今なら清野氏が言っていた「実況アナはプロレスラーそのものに近い」という意味が分かる気がする。
また、会場を盛り上げるレスラーたちも一人ひとりが魅力的。たとえば「スイーツ真壁」としてお馴染みの真壁刀義氏は今でこそ大人気だが、若手時代はいろいろと悔しい想いをしてきたという。
「学生プロレス出身のため、若手時代は先輩から認められず、道場の風呂場で悔し涙を流していたという真壁さんは、コツコツ実力を積み上げてチャンピオンにまで上り詰めました。『やられてやられて、そこから立ち上がる姿を見せるのが本物のプロレスだ』という真壁さんの言葉は、きっと自分の体験に基づくからこそ、ファンにも伝わるんでしょうね」(本書より)
今までレスラーたちがどのようにプロレスと向き合ってきたのかを考えたこともなかったが、それを知るだけでプロレスの見方も随分変わってくる。おそらくこの先、真壁氏が勝利を収めるたびに心から歓声を上げるだろう。
たかがプロレス、されどプロレス。知れば知るほど、その深みにハマっていくばかりだ。
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