『千日の瑠璃』344日目——私は現金だ。(丸山健二小説連載)

 

私は現金だ。

駆け落ちに憧れてまほろ町へ移り住んだ若い男女が、さほど苦労しないで手に入れた、まとまった額の現金だ。高々四十枚にも満たない私ではあったが、しかしそれでもふたりにとっては、頼むに足る、落としはしないかと気が揉める大金だった。「ただ干しただけのあんな草がこんなに高く売れるなんて」と女は言い、男はしたり顔で「それだけの価値があるからさ」と言い、私が「そんなもんだよ、世の中なんてね」と言った。

これで自分たちは善良な国民でなくなった、と女は言い、善良とは小心者で愚か者に貼られるレッテルだ、と男は言った。「いつかきっとばれるわね」と女は言い、「地元で売りさばいたりしない限り絶対大丈夫だ」と男は言った。女は私を手に取ってもう一度数え直し、スーパーマーケットで働いてこれだけの収入を得るのは大変だ、と言い、もうばかばかしくて働けない、と言い、私を部屋中にばら撒き、その上でごろごろと転げ回った。すると男もその遊びに加わり、急に生活を変えたら怪しまれるので勤めをつづけていたほうがいい、と忠告した。そしてふたりは私にまみれながら、ひしと抱き合った。Tシャツにつけた揃いのバッジが激しく触れ合って、かちゃかちゃという音を立てた。その二羽の金属製の青い鳥の表面に私がめまぐるしく映し出されて、みるみるうちに色が変っていった。私は青を忌み嫌い、青を濁らせてやった。
(9・9・土)

丸山健二×ガジェット通信

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