『千日の瑠璃』341日目——私は無視だ。(丸山健二小説連載)
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私は無視だ。
列車やパスを乗り継いではるばる海の町から商いにやってきた娘、彼女の少年世一に対する無視だ。まほろ町を軽くひと回りしてから丘の上の家へ辿り着いた娘は、勝手にあがりこみ、台所へ行き、売れ残った青い魚の干物を冷蔵庫にしまった。それから彼女はふたたび外へ出ると、涼しい木蔭に陣取り、暑さで痛んでいないかどうか匂いを嘆いでみてから、持参した弁当を使い始めた。
けれども、その家が留守というわけではなかったのだ。全員が出払っていたのではなく、長男が残っていた。少年がずっと傍にいて、することなすことをいちいち見ていたにもかかわらず、彼女は辺りに誰もいないものとして振る舞っていた。いや、それほどではなかった。少なくとも鶏か猫くらいには受けとめているはずだった。それでも少年は彼女に懐き、家から自分の弁当を持ってくると、彼女の隣りへ腰をおろし、にっと笑った。
少年は震えのとまらない体を苦労して操りながら、魔法瓶のお茶をふたつの茶碗に注ぎ、ひとつを娘に差し出した。それでも私は彼を認めなかった。娘は無言のままお茶に手を出した。「礼くらい言ったら」とオオルリが軒下で鳴き、座を取り持とうとした。だが私は、両者を離間させるべく、更に彼女に圧力を加え、病気の少年をないがしろにした。弁当を食べ終えた娘は、どこか遠くを見ながら、「飛べない鳥ね」という意味深長な言葉を少年の影に投げた。
(9・6・水)
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