『千日の瑠璃』291日目——私は光だ。(丸山健二小説連載)
私は光だ。
さながら宇宙の起源のように突如としてうたかた湖のはるか沖合いに出現した、ひと塊の、等身大の光だ。私自身も私の正体を知らず、如何なる現象か知らぬまま、白昼の大気を凌ぐ眩しさで輝いている。私に気づいているのは、たったのふたりだけだ。それも、さほど不思議に思って眺めているわけではない。ひと泳ぎしてきた男女は、トタン屋根のように灼けた砂浜に若過ぎる恨みがあるかもしれない体を横たえ、ごろっと寝そべる。
そしてふたりは私を眺めながら、しばしいがみ合う。女はこう言う。自分たちで楽しんで喫う分には一向に構わないが、商売にするのはやめてほしい、と訴える。だが男のほうは、乾燥作業がすみ次第都会へ売りさばきに行く、と言い張る。逮捕されたらどうする、と女。口の固い友だちばかりだから決してそんなことにはならない、と男。
それからふたりはあらためて私を不審に思い、「何あれ?」と女は言い、「さあ」と男は言う。私は一層輝きを増し、砂の上に畳んで並べてあるかれらの衣類と、それにつけてある青い烏のバッジを光らせ、生きるのに忙しくて薄幸の身を嘆く暇もない少年の口笛を光らせる。女が「不吉ね」と言ったのは、私のことだ。「その反対さ」と男は言い、細作りの女の体に腕を回す。少年は桟橋の突端まで進み出て真っすぐに私を見つめ、その散漫な頭脳に私を取りこみ、一時ではあるが、主我を確立する。
(7・18・火)
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