『千日の瑠璃』289日目——私は夏だ。(丸山健二小説連載)
私は夏だ。
酷熱の太陽を背負ってまほろ町を睥睨する、もはや誰もが認めざるを得ない夏だ。惰気満々の南、そのはるか洋上で準備された高慢ちきな気圧が急速に迫出し、疲れ切った梅雨前線を一撃のもとに粉砕する。そして私は、敗戦という形で勝戦国に押しつけられたために未だに民主主義の何たるかを理解していないこのちっぽけな国を、島国根性と共にすっぽりと覆う。また、明け暮れに不自由する住民がほとんどいないという、ただそれだけのこの田舎町を包みこみ、ときには面に風俗をも映し出す山上湖の水温を一気に上げてやる。
例年通り向う二、三カ月居つづけるつもりの私は、形骸だけの日々を送るために養生して長生きしようともくろむ老いぼれた愚者をぐったりとさせ、呆れ返ってものも言えないどこかのどら息子の乱行を一段と手に負えなくさせる。私は、人間や自動車に踏み潰される蟻の数を一挙に倍増させ、持論を固守するふりをして訓示を垂れたがる世才に長けた輩を噺笑い、始祖は大名だと言う男の鼻を折る。
それから私は、おぞましい姿の少年世一を誰よりも生き生きとさせる。世一は今年もまた私と意気投合して起臥を共にし、私を享受し、私を栄養素のように吸収しながら、新たなる発見と出会いを求めて、勝手知ったるこの町をさまようのだ。涼風が横合いからロを出して、世一にこんなことを吹きこむ。私が世一の病を悪化させるかもしれない、などと。
(7・16・日)
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