『千日の瑠璃』259日目——私は眼だ。(丸山健二小説連載)
私は眼だ。
貧困と肉親の愛情不足がもたらした怒りや悲しみ、だがそれに支えられて生きている不良少年の刺すような眼だ。私が積極的に焦点を合せるものはといえば、鍵を掛けないで放置してある自転車やバイクであり、校則に違反した服装を好む女子高生であり、小銭が残っていそうな公衆電話や自動販売機だ。且つ一番の関心事は、間延びしたまほろ町を引き締めている三階建ての黒いビルと、そこで寝起きを共にしている三人のおとなだ。
ときに私は危機に直面したわけでもないのに怯えの色を湛え、その色が限界に達すると今度は突然怒りの色に変るのだ。その怒りは私を通してレーザービームのように一直線に放たれるのだが、この町にはそれをまともに受けとめられる者はほとんどいない。もっとも、私が逆襲されそうな相手に向けられたことは、ただの一度もない。そのせいで、彼は今のところ無傷でいられる。
彼は高校を退学してからぶらぶらと過してはいても、まだこれといった罪を犯したわけではない。警察のリストに載っているだけのことで、少年院送りになるほどではない。しかし、果たしてそれがいつまでつづくのかはわからない。眠りから醒めるたびに、極道者を見るたびに、私は相手を選ばずにねめつけるようになってきている。それでもあの少年世一だけは例外で、彼とは何回出会っても、なぜか思わず電線に占められた空を見てしまうのだ。
(6・16・金)
ウェブサイト: http://marukuen.getnews.jp/
- ガジェット通信編集部への情報提供はこちら
- 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。