『千日の瑠璃』250日目——私は巣だ。(丸山健二小説連載)

 
私は巣だ。

ドイツトウヒの大木のなかに、小枝や枯れ草やビニール紐や過剰な期待などを巧みに組合せて作られた、山鳩の巣だ。ほんの数分前、太陽がひとかたまりの雲を通過しているあいだに、青味がかった美しい卵が何と立てつづけに二個私のなかに産み落とされた。すると親鳥の神経は一気に昂り、姿形に変りはなくても、その小豆大の魂は鳥をはるかに超える強いものと化した。心は勇み立ち、固守して譲れない主張が生じた。だいいち眼の配りからして、さつきまでとは大きく異なっていた。

それからしばらくして山鳩は、畏怖の念を抱いた。心配の種は尽きなかった。薮から這い出た蛇が登ってこないか、梢をかき分けて鳥が襲ってこないか、長雨がつづいていくら抱いても孵らないのではないか、孵っても雛が体温を保てなくなるのではないか、強風が吹いて木そのものが倒れはしないか。しかし母鳥が最も恐れているのは、ときどき私を覗きにやってくる、人間にしては動作が奇怪な、よそ見をするようにしてしか対象物を見ることができない、瓦石に等しい少年だった。

案の定、彼がそこにやってきた。ほとんど一秒毎に人相が変る不思議な顔が、こっちへ向けられた。山鳩の不安の重さで卵が押し潰されそうになった。それでも母鳥は逃げ出そうとせず、相手をきっと睨みつけていた。するとそのとき、少年は一端の口を利いたのだ。なるようにしかならない、とたしかにそう言った。
(6・7・水)

丸山健二×ガジェット通信

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