『千日の瑠璃』241日目——私はネオンサインだ。(丸山健二小説連載)

 

私はネオンサインだ。

まほろ町では最も古く、最も毒々しい光を点滅させている、パチンコ店のネオンサインだ。今夜も大繁盛している店の外へ店主を呼び出した長身の青年は、いきなり強談判で臨んだ。二言三言喋って、相手がかなりの難物と見て取った血の気の多い青年は、わしづかみにしたパチンコ玉を、いきなり私をめがけて投げつけてきた。百個は投げただろう。

私はひとたまりもなく割れ、あちこちから火花を飛ばしながら、破片の雨を降らせた。単純で手軽な博打に夢中の客たちは、誰ひとりとして表の異変に気づかなかった。店主は逆らうのは不得策と考えたようだが、言いなりにはならなかった。彼は腕組みをしたまま、無言で立っていた。やくざ者はいい返事が得られるまでパチンコ玉を投げつづけるつもりだった。私の自慢の天に翔け昇る真紅のドラゴンの形が、次第に崩れていった。

ゆったりとしたスーツを上手に着こなした愚劣な青年は、店主にこう言った。「もし誰かにこんな真似をされたときにはぜひおれに声をかけてくれや」と。だが、彼の二倍半も生き、しかもふたつの国で暮らしたことがある店主は、おいそれとは承知しなかった。彼は言った。「わたしはねえ、こういうことには馴れているんだよ」と言い、「あんたらに払う金なんか一円もないね」と言った。私はどんどん形を変え、赤色を失い、しまいには竜ではなくなり、青い鳥にそっくりになった。

(5・29・月)

丸山健二×ガジェット通信

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