『千日の瑠璃』235日目——私は雷だ。(丸山健二小説連載)

 
私は雷だ。

春に浮かれている人々の度胆を抜いてやろうと、今年初めてまほろ町を襲う雷だ。私がまず真っ先に狙いをつけたのは丘の上の一軒家だが、精いっぱい気負いこんで落ちたのに、なぜかはかばかしい結果にはならない。火の手があがるどころか、その家で飼われているオオルリは却って喜びのさえずりの調子を一段と高め、また、その鳥の飼い主である少年などは私に向って手を振る始末だ。

業を煮やした私は、次に町を襲い、ありったけのマイナスの電気を放出し、思い切り暴慢に振る舞う。せめて電柱のトランスのひとつやふたつ破壊しないことには腹の虫がおさまらない。しかし、悉く空振りに終ってしまう。驚かしてやる、ところではない。嗜眠状態に陥っていた患者は私のせいで奇跡的に一命を取りとめ、墓参に事寄せて仕事を怠けようとしていた男は、私のせいで正気づき、急いで帰宅すると鍬を握って遮二無二働き出す。

依怙地になって何事も譲らず、人の愛情さえ嫌忌する女に、私は恋慕の情を抱かせる。しかも私は、人望を集めることも、金蔓をつかむことも、胸がすくような思いとも縁がないまま老いた、普通の男にまで軽くあしらわれてしまう。彼はコウモリ傘を私の方へぐいと突き出し、おまけに背伸びまでして、挑発の言葉を投げてくる。「ここへ落ちてみろよ!」と叫んでから、「この歳まで生きたら恐いものなんかねえんだよお!」とつづける。
(5・23・火)

丸山健二×ガジェット通信

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