『千日の瑠璃』227日目——私は葉巻だ。(丸山健二小説連載)

 

私は葉巻だ。

短髪で、背は低くてもがっちりとした体つきの男にくわえられている、太い葉巻だ。大ぶりの顔だち、とりわけ分厚い唇のせいでいやに私が似合う彼は、一時間余りもつけ回したクルマにつづいて、そのモーテルへ入って行った。そして、受付のところで陳腐な仮説をべちゃくちゃ喋っている青いオウムと青い少年を突き飛ばし、きょう一番乗りをした客の部屋へずかずかと踏みこんだ。

女に金を払って裸になってもらっていた、一面識もない色白い男に向って、彼は「おめえには用はねえ」と言った。するとそいつは、脱ぎ棄てた物を慌ててかき集め、女を残してクルマで出て行った。女も逃げようとはしたのだが、か細い腕を二本いっしょにねじあげられてしまい、身動きできなくなった。男はカーテンを閉め、私を灰皿の上に置いた。それから、女の顔面いっぱいに枕を押しつけて声が洩れないようにし、もう一度私をつかむと、火のついている方を乳房にぐっとこすりつけた。もがいた拍子に女の腕の骨が折れた。肉や皮を破って骨が飛び出した。

男は何も言わず、棄てぜりふも吐かず、ふたたび私を唇の端に引っかけて部屋を出て行き、少年とオウムのあいだを割って通り抜け、様子を見に出てきたおばさんに凄味をきかせながら札を握らせ、自分のクルマに乗って消え失せた。窓から投げ棄てられた私を、少年が拾って口にくわえた。「やめろ」とオウム、が言った。
(5・15・月)

丸山健二×ガジェット通信

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