『千日の瑠璃』223日目——私は胸像だ。(丸山健二小説連載)
私は胸像だ。
虫干しのために、春と秋の二回だけ寺の外へ出してもらえる、観世音菩薩の胸像だ。しかし私は、初めから胸像として造られたわけではない。二度の火災で下半身が黒焦げになり、炭化してぼろぼろになり、真っすぐ立っていられなくなると、川魚を料するのが巧くて気の短い住職の手で、臍から下の部分が見事に切断されてしまったのだ。
それからというものはろくなことがなかった。台風に見舞われて本堂が半壊すると、住職は家族と共に出て行ってしまい、檀家もほとんど寄りつかなくなった。また、檀家に頼まれて私の世話をする男にしても、実にいい加減な奴だった。世話といっても、私を山間の細流に投げこんで汚れをざっと雑巾で拭い、あとは杏の樹の下へころがしておき、乾いたところで元の場所へ戻すだけだった。
そしてきょう、私はとうとう見棄てられたのだ。男は私を洗ったあと用事を思い出して帰ってしまい、それきり現われなかった。私の頭にとまった青い鳥が、こう鳴いた。「おまえの時代は終った」と言い切った。その鋭いさえずりは、種々の植物が混生する自然林のなかで増幅され、そのあと一気にうたかた湖を飛び越し、形のいい片丘のてっぺんまで届き、そこの一軒家の二階で飼われているオオルリに確実に引き継がれて、「いよいよおまえの時代が始まった」というさえずりに変って、ふたたびこの私のところへ帰ってきた。
(5・11・木)
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