『千日の瑠璃』215日目——私は宣言だ。(丸山健二小説連載)
私は宣言だ。
まほろ町の議会で採択された決議のなかから威勢よく飛び出し、高らかに唱われた暴力追放の宣言だ。それにもかかわらず、まだ何もしていないうちから、私が腰砕けに終ってしまうことは、誰の眼にも明らかだった。「あんな連中は人間とは別の生き物だ」とまで極言した町長も、また、彼に賛同した町会議員たちも、ただ私を頭上に高々と持ち上げてみせただけで、結局何ひとつとして具体案を出さなかった。自衛のため決然として立とうと声高に言う者は数人いたが、総決起集会を開いたり、自警団を組織したり、監視所を設けたりする話までには至らなかった。
私はたった三枚の、それもちっぽけな看板に記されたにすぎなかった。鬘をつけた役場の職員と彼の部下によって、私は三階建ての黒いビルの前へ運ばれた。「こんな物でどうにかなるんでしょうか?」と部下は訊いた。「なるわけねえだろう」と上司は言った。しかし、いざ私が近くの街路樹に括りつけられると、予期に反して周辺の空気がぴんと張り詰めた。私は独り歩きを始めたのだ。そして灯点し頃になると、三人の極道者がビルから出てきて、私の前に立った。かれらと対峙する私は、住民が味方になってくれているかどうかを確かめた。案の定、こっちへ顔を向けてくれる者はひとりもおらず、皆は見て見ぬふりをして足早に立ち去った。だが、三人の男のほうも私に手を出すことはできなかった。
(5・3・水)
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