『千日の瑠璃』214日目——私は才能だ。(丸山健二小説連載)
私は才能だ。
なぜか自分の家に火をつけたがる、まだ年端もいかない子どもが持つところの、天賦の才能だ。関係者はまだ誰ひとりとして私を見抜いていない。どうしてそんな真似をするのか、という苦い顔をした連中の問い掛けに、彼はおとなびた口調で、理路整然と答える。放火の方法には二種類あることを、得々と語る。ライターを使うやり方と、線香を用いる手口の違いについて、べらべらと喋る。
精神科医も、教育者も、警察の者も、彼のことを性格異常のひと言で片づけた。そして両親は僅か六年間育てただけで、早くもわが子に見切りをつけてしまった。父親は山気のみを頼って生きるろくでなしで、母親はというと、そんな夫に盲従するばかりの家畜のような女だった。彼のまわりにいるほかのおとなたちにしても、常に不審火に近いところに身を置いている、嗜虐性の強い輩ばかりだった。要するに彼は、両親をも含めたおとな全員とのべつ対決しなくてはならぬ立場にあり、ライターこそがかれらに対抗し得る最強の武器にほかならなかった。そうした境遇が彼のなかで私を育んだのだ。
きょう、私に気づいた者がいた。スクーターに熊の仔に似た黒いむく犬を乗せて走り回る男、彼は燃えあがった新聞紙を板壁に近づけようとしていた子どもの手から素早く火を取りあげた。彼は私にこう言った。「おまえはライターよりもぺンを持ったほうがいい」
(5・2・火)
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