『千日の瑠璃』213日目——私は粒子だ。(丸山健二小説連載)
私は粒子だ。
そのへんのどこにでもあって、気随気ままに飛び交っている、落着きのない原子核の粒子だ。我ながら惚れ惚れするほど美しい放物線を描いたり、有頂天になるほど完璧な渦を作ったりしながら、私は何処からともなくやってきて何処へともなく去って行く。私は、光と闇の配分が絶妙な、この整然とした宇宙をしかと組成するものであり、時の流れを制御できるものであり、存在の存在たる所以を解く唯一の鍵でもある。また私は、四方を青い山々に取り囲まれてはいても、現し世のすべての物象や現象や因果律を余すところなく抱えこむまほろ町や、眺望がきき過ぎる片丘のてっぺんに住んで、麻痺した脳に数千億個の恒星の輝きをちりばめている少年世一や、世一と奇しき出逢いで固く結ばれた一羽の若いオオルリをも形成しているのだ。
およそとどまるということを知らぬ私は、停止したかに思える瞬間があっても、実際にはのべつ動いている。動くことこそが私の本質で、私に課せられた使命なのだ。動きは変化を生み出し、変化は誕生と死滅を招き、生と死は互いに申し合せ、手を取り合って回転する。そして回転は幸福と不幸を結びつけ、悲劇と喜劇を同一平面上に並べてほくそ笑む。事の顚末などといえるものは、一切ない。従って、生まれることを喜ぶのはとても愚かしく、死ぬことを嘆き悲しむのはもっと愚かだ、という私の説に、真剣に耳を傾ける者はいない。
( 5・1・月)
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