『千日の瑠璃』210日目——私は引き綱だ。(丸山健二小説連載)

 

私は引き綱だ。

まほろ町一の美人とまほろ町一賢い犬を固い幹で結ぶ、まほろ町一丈夫な引き綱だ。私たち三者の結束は固く、すでに十年ものあいだきちんと保たれ、そこには他人が入りこめる余地などない。どこをどう捜したところで自分にふさわしい男など見つかるわけがないという彼女の信念は、四十歳を迎えた今もまったく褪せていない。また、我こそは犬のなかの犬、犬を超えた犬であるという、血統書に裏づけされた甲斐犬の自負心にも変化はない。そして両者をしっかり結びつけている私の誇りにしても、尋常一様ではないのだ。

そんな私たちが決まった時間にいつものコースを辿るとき、神経をぴんと張り詰めて進むとき、道をあけない者はいない。凶暴極まりない血に頼って生きる野犬どもにしても、国の掟よりも自身の掟を優先させて生きる三人のやくざ者にしても、悪童連にしても、私たちに面と向って、稔り声や冷やかしの言葉や小石を投げつけることはできない。

しかし、例外はある。まほろ町に身を置きながらまほろ町にほとんど縛られていないように見える、あの少年世一がそうだ。きょうの世一は遠走りした馬のように疲れており、私たちの前までくると路上にひっくり返って休んだ。私たちは彼を避けて通ろうなどとは考えなかった。すると、犬はふぐりをぎゅっとつかまれ、私はぐいと引っ張られ、美人はスカートの裾をがばっと捲られてしまった。
(4・28・金)

丸山健二×ガジェット通信

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