『千日の瑠璃』179日目——私は気取りだ。(丸山健二小説連載)

 

私は気取りだ。

のっぴきならないところへ追いこまれた男が、往々にして最後の砦にしたがる、安っぽい気取りだ。彼は今、注文を受けたわけでもないのに作った高さ二メートルもの薪ストーブを前にして、そろそろ骨董品としての値打ちが出始めた肘掛け椅子に、どっかりと腰をおろしている。それもただひと休みしているのではない。一張羅のスーツを着こみ、ネクタイまでして、髪を真ん中からきちんと分け、右手の指には喫えもしない煙草を挿んでいる。そうやって彼は眉根を寄せた顔を通りの方へ向け、どこか一点をぐっと脱みつけ、芸術家の風貌に近づけようとしている。

彼としては、それで万全の備えをしたつもりでいるのだろう。そうすることで、まもなく現われる図書館で働く女の心をしっかりつかまえられると思っているのだろう。勤め人を辞めて畑違いの仕事に就いた彼は、妻子に去られただけではなく、今また理想の生活までも失いかけている。暖冬のせいで−−まほろ町は寒くても、ほかの町は例年より気温が高かったのだ−−ストーブの売れ行きは予想をはるかに下回り、遂に金談を持ちかける相手がひとりもいなくなった。来月の電気代を払えるかどうかもわからない。下劣な心性がむくむくと頭をもたげ、急に白色が変った彼は、この冬にストーブを買ってくれた女のことを思い出したのだ。それがつい一時間前だ。そして彼は私と共に、貢ぐタイプに違いない女を今や遅しと待ち構えている。
(3・28・火)

丸山健二×ガジェット通信

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