『千日の瑠璃』159日目——私はオウムだ。(丸山健二小説連載)
私はオウムだ。
まほろ町で飼われているもののなかでは最大で、最年長で、一番の訳知りでもあるオウムだ。郊外のモーテルの受付で常時見張り番をしている私は、暇に飽かせて常連客の女の声をすべて記憶し、そのうちの大半をそっくりに真似ることができる。わけても、さほど混んでいない時間帯にふらりと遊びにくる少年世一の物真似が、得意中の得意だ。声とも音ともつかない声を真似てやると、世一は手を打って喜んでくれる。だが、私が彼以上に巧みにオオルリのさえずりを真似てみせてからは、しばらく姿を見せなかった。
その世一がきょう、私に会いにきた。どこかの人妻が密会の現場を端なくも夫に押さえられてしまい、笑わずにはいられないひと騒動がおさまった頃、現われた。世一と私の交際は、いつでも対等だった。彼は私の羽の色と光沢を誉め、私はお返しに、青い帽子や青いセーターや青いズボンや青い靴が青い顔によく似合っている、と言ってやった。彼は今回、オオルリの件には一切触れず、その代り、埒もないことをべらべら喋りまくった。
そしてその話に乗った私も、くだらないことを喋った。私たちは、鳥として、もしくは人間としてこの世に在ることの是非を論じ合い、小難しい理屈をこねて、実に愉快なひと時を過した。しかし、最近商売を始めたよそ者の娼婦が、色道に励む男と共にやってくると、世一はなぜかそそくさと帰って行った。
(3・8・水)
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